神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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警固断層

筑紫事象の開始とともに、半年ぶりに反応した警固(けご)断層帯の動きがまだつづいている。小さな地震だけども、玄海灘と内陸部をいったりきたりで気になっている。
福岡市にはふたつの断層帯がある。志賀島沖断層と、警固断層。05年に大きな被害をもたらし、いまも活動してるのが警固断層。玄海灘海底の北西部と、陸地の南東部にわけられ、南東部は、福岡市の中央区から南の太宰府市へとつづいている。
太宰府市には、かつて筑紫国府がおかれていた。筑紫の民と土地を鎮める鎮西府が、断層にかかわる場所にあるのはとてもおもしろい。太宰府に左遷された菅原道真の火雷天神パワーも、断層に無縁とはいいきれないと思う。
太宰府の前身にあたる筑紫官家(みやけ)は、福岡市中央区の那の津にあった。となりは市の中心街の天神町。天神の名は水鏡天満宮に由来する。このお宮は、博多に上陸した道真が四十川に身を映して、「私の魂はこの地にとどまり、後世、無実の罪に苦しむ人の守り神となろう」と誓ったのがはじまりだとか。なので姿見天神ともよばれる。1612年に黒田官兵衛が600mほどズラし、福岡城の鬼門天神として現在地に配置した。
古代に断層のメカニズムが知られていたとは思えない。でも結果的に筑紫国府は断層に沿って動かされたわけだし、その両方を天神がおさえる構図になっている。偶然だとしても、守り神たらんとした道真の念と、断層とのつながりを無視することはできない。携帯CMのパパ犬がいうように、「すべてのことに、理由はある」のだ。

日本書紀は、679年に筑紫国でおきた大地震を伝える。幅6m、長さ18kmもの巨大な地割れができたらしい。この数字は、福岡~太宰府間とほぼ一致する。が、残念ながらどの断層のズレかは調査されていない。
国府が太宰府に移ったのは、664年の白村江の敗戦のあと。唐・新羅の侵攻に備えての避難だった。筑紫太宰府の名がはじめて登場するのは、671年。なので地震は、百済滅亡と敗戦、そして太宰府成立のドサクサを反映した事象だと考えることもできる。
白村江の敗戦は、第二次世界大戦に匹敵する変化をこの国にもたらした。それだけに、動いた断層が2005年とおなじ警固なら、きわめて興味深いんだけど・・・。

あの地震を起こしたのは玄海灘の断層のズレ。内陸の断層帯にはこのとき負荷がかかっていて、今後30年でM7クラスの反応が出る確率は6%なんだそうだ。つぎに起きるとしたら都市直下型ってことになる。う~む・・・。
過去の活動期については、いまのとこ17,000年前~3,000年前と推定されている。おそるべきアバウトさ(笑)。でもこういう数値って、地震の長いスパンからいってしょうがない部分がある。なんせ相手は46億才の地球だ。ブログで簡単に、福岡の地震が伊勢神宮遷宮開始を告げた、なんて書いてるけど、両事象が同時におきる確率はそれこそ天文学的数値になる。ほかの各地の地震もそうだ。そんな天文学的確率のもとに事象は連鎖し、物語はつながってゆく・・・。
玄海はなにかの限界点だったのか、あの地震から日本武尊事象もはじまった。直後の3/25には、ゆかりの愛知で「愛・地球博」が開催されている。

断層名の志賀島と警固は、郷土史ではおなじみの地名。志賀海神社と、警固神社。ともに神功皇后伝説の鍵をにぎる古社だ。皇后は日本武尊の子・仲哀天皇の奥さん。中国の「宋史」では、歴代天皇の中でこの夫婦と子の応神天皇だけ、「鎮国香椎大神」と「太奈良姫大神」、および「八幡菩薩」と付記される。日本史と現代の事象にとって、それだけ重要な時代なのだ。
志賀海神社は、対馬航路や半島外交で活躍した古代海人族アズミの聖地。昨日も能登・志賀町で竜巻をおこした志賀神や、イソラ神といった祖先神を今宮社に、綿津見三神を本殿にまつっている。イソラ神は、皇后渡韓伝説に登場する異形の神。雨月物語のイソラは、この神からとった名まえだ。21世紀のしょっぱな2000年1月に映画「ISOLA」が公開されている。顔見せという気がしないでもない。原作者は、吉志部神社火災の渡来系吉志(きし)氏(貴志・岸)。ちなみに岸信介元首相は安倍元首相の母方のおじいさん。おどろくことに安倍氏と吉志氏の関係は、1500年以上が過ぎたいまもつづいてるらしい(笑)。イタリア語で島のことをイソラというのも、なんだかおもしろい。

警固の地名は、筑紫館(のちの鴻臚館)の博多警固所に由来する。筑紫館(つくしのむろつみ)は筑紫国府の建物で、大陸各国の外交使節の迎賓館だった。この筑紫館に対応するのが、キャッツ事象の難波館。もっとも難波館の方は未発見で、場所が特定できていない。
警固神社は、神功皇后が三柱の神をまつったことにはじまる。その神とは、神直日神(かんなおひ)と大直日神(おおなおひ)と八十禍津日神(やそまがつひ)。黄泉の国からもどったイザナギが、筑紫の日向の橘の小戸公園(?)でミソギをして生まれた神。このとき、筒之男三神(住吉神)も生まれていて、まさしくその場所だと主張するのが博多区の筑前国一宮・住吉神社。だとすれば、イザナギは那珂川でミソギしたことになる。いまは中洲の歓楽街で有名だけど(笑)。
神功皇后に神懸かって朝鮮遠征をそそのかし、拒否した仲哀天皇に祟ったのが住吉神だ。この「海神そそのかし」の構図は、海幸山幸神話や神武東征神話にも共通する。
直日と禍津日の解釈は流派でわかれる。基本的にはこの世の「なお(直)」と「まが(曲)」の神で、禍津日は黄泉の国のケガレ・災厄、直日はそれを直す働きをするといわれる。つまり警固神社自ら損壊したあの地震は、黄泉のパンドラの匣がひらいたともとれるわけだ。
ただ個人的には、この神々はハイアーセルフだと思ってるけど・・・。
警固神社の相殿には、神功皇后と応神天皇、豊玉姫、建角身神。
豊玉姫は、オバマ氏の小浜市にある若狭国一宮の下社・若狭姫神社の祭神でもある。若狭事象を想定してたのは、このつながりもあったから。若狭の神紋である海神の潮満玉と潮干玉は、イソラが神功皇后にあたえたアイテムでもある。現象としては、津波や大幅な潮位変化が想定できる。
筑紫と若狭の連動は記憶にあたらしい。8月の御食国・若狭事象に呼応して、三笠フーズ事件。そこから筑紫事象がはじまった。
私事だけど、僕は福岡城址の敷地内にあった宿舎で生まれ育った。警固神社が産土だと知ったのはおととしのこと。祭神に建角身命(ヤタガラス)がいて爆笑したのをおぼえている。僕はサッカーファンで、ヤタガラスは日本代表のシンボルだから。

警固断層は、天神地下街や警固神社の下を通ってると聞いたことがある。だから警固と名づけられたんだろう。でも断層の東と西の被害差からいって、じっさいは西に1.5kmほどズレた、福岡城址の(もと福崎丘陵)東を走ってるようだ。被害は断層の東側に集中する。台風も東側があぶない。
断層が西に遠ざかったことで、警固神社と関係はなくなったかと思いきや、逆である。いっそう強くなった。あれはまさしく警固断層。警固神社は、もともと福崎丘陵にあったのだ。
1601年、筑前に赴任した黒田官兵衛は、福崎丘陵に福岡城を築城した。そのさい、現在地に社殿をつくらせ、1608年に遷座させている。福岡という名も、ゆかりの備前国福岡(岡山県瀬戸内市福岡)からもってきたもの。
警固神社の通りには、もうひとつ若宮神社がある。祭神は豊玉姫。このお社もまた舞鶴の海岸から遷されたようだ。ふたつの神社は、本来は地を伏せるべく警固断層の上にまつられていたのである。
福岡城が完成したのは1607年。神社の移転と、400年後の地震との間にタタリ的な因果関係をもとめるのは、ちとムリがあるかもしれない。でも、断層と神社との関係についてはどうだろう? あるいは、断層と国府や天満宮との関係については・・・?
僕には「たまたま」とは思えない。もしそうだとしたら、列島中に「たまたま」が存在することになる。もはやそれは、「たまたま」とはいわない。興味のある方は、わが市、わが町の断層と神社や旧跡の位置を、ぜひチェックしていただけたらと思う。

福岡城址には、かつて平和台球場があった。西鉄ライオンズに、ユニホームがダサかった太平洋、江川に嫌われたクラウンライターのホームグラウンドだった。僕が知ってるライオンズは万年Bクラスで、球場もがらがらだった。東尾も加藤初も土井も、真弓や若菜もいたんだけどね。ライオンズが西武に買収され、主が去ったあとの方がむしろ盛況だったかもしれない。セリーグの試合が観れるようになったから。
福岡ドームが完成してまもなく、平和台球場はその役目を終えるのだが、この球場のすごさは、ちゃんと置き土産をのこしてってくれたこと。筑紫館(鴻臚館)遺跡である。平和台球場は「平和」の名のとおり、古代国際交流の歴史の上に建っていたのである。
今年日本一になった西武ライオンズもまた、こうした断層と歴史、ひっくるめた筑紫事象の恩恵をうけたんだろう。9月に退任された王監督の福岡ホークスは、もともと南海ホークスだった。もしかして難波館は、南海のホームグラウンド大阪球場があったあたりに建ってたのか・・・?

福岡の警固断層の反応を、全事象の最初の起点に位置づけるのは、もちろん故郷だからじゃない。邪馬壹国だって畿内説をとってるくらいだし。
福岡・・・いや博多という町は、古代から国際交流の玄関口であり、前線基地であり、情報の発信地でありつづけた。そういう場所には、神話や歴史の要素、ひな型がちりばめられ、蓄積されてゆく。イザナギの神生みから、神功皇后、菅原道真、足利尊氏・・・。尊氏が博多の多々良浜で菊池を破って再起したのも偶然じゃないだろう。そうした歴史、物語の構成要素が断層のズレとともに飛散し、各地に飛び火した。そう考えるのは、僕としてはあまりムリなことじゃない。
海底の警固断層は、歴史の「直」と「禍」がいっぱいつまった、綿津見の宮の玉手箱だったのかもしれない。

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イソラ神 

イソラ神について詳しく知りたいです。
前から筑紫舞(くぐつ舞)も気になってますし。
イソラがモデルといわれる細男舞が見たいです。
神戸で教えておられる先生がいるので習いに行きたいのですが、子どもがまだ小さいのでおあずけです。
志賀海神社にはいつか行いたいなあ~。
  • posted by marisol 
  • URL 
  • 2010.07/10 17:59分 
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Re: イソラ神 

イソラはいちばん好きな神だし、筑紫舞とはおどろきました。
僕は残念ながらまだ筑紫舞も、細男の舞もナマでは見たことないんです。
志賀海神社の神幸祭のVTRしか・・・。
地元(福岡市)の能楽堂で筑紫舞を披露されてる方々は、たしか神戸の先生とお弟子さんだったかと。
福岡と神戸といえば、筑紫舞つながりもあったんですよね~。
で、志賀海神社といえば山誉め。君が代の原型とも。
福岡県西方沖地震では、山と海、国と海のこみいった因果が一気に放出されちゃったカンジです。
昨日のW杯優勝のスペインは、オランダがオレンジなので、本来の赤ではなく紺色でした。海の・・・。
福岡県西方沖地震の志賀海神社、あるいは2000年1月のイソラからずっと事象がつながってることを、marisolさんにはおわかりいただけるかと思います。
筑紫舞、ぜひぜひ習ってください!
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2010.07/13 04:17分 
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筑紫舞 

筑紫舞は口伝が多いようで、マニアックな舞ですね。
筑紫から来た菊邑検校が神戸の山村光寿斉さん(当時11歳・検校のスポンサーであった酒蔵のお嬢さん)に伝授したということです。

宗家の山村家は現在福岡に移住されてお弟子さんに伝授されているようです。
神戸では神戸女子大の鈴鹿千代乃先生が某神社で教えておられるそうです。
名古屋でも鈴鹿先生のお弟子さんが教えておられると聞きました。

筑紫舞情報をご紹介いただいた伊勢の元巫女舞姫さん曰く、「筑紫舞の男舞はスゴイわよ~」。
(激しい動きの舞があるようです)舞から祓や地鎮の力が感じられるのでしょう。

細男舞は春日大社にも伝承されているようですね。 
冬に行われる「若宮おん祭り」の御旅所祭の舞楽の中で細男舞も奉納された模様。
とても神秘的です。(頭にhを足して検索下さい)
ttp://www.youtube.com/watch?v=GqYQelziLvM

岩清水八幡で奉納された模様
→ ttp://marebito.exblog.jp/11619787/

なぜ筑紫と神戸がつながるのか不思議でしたが、いやさかの木さんのブログを読むとおぼろげながら訳が分かってきます。
筑紫-神戸-奈良春日・・・
全部つながっていたのですね。

ちなみに、宮崎監督の「千と千尋の神かくし」の中でも春日様という奇妙な白覆面をした神様が出てきますが、磯良と細男がモデルだと言われているそうですね。
  • posted by marisol 
  • URL 
  • 2010.07/13 09:16分 
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Re: 筑紫舞 

筑紫舞ひろまってるんですね~。
男舞ぜひ見てみたいです!

薪能ならぬ薪舞。
なまで見たら感動もんですよこれ。

こちらは志賀海神社の神幸祭です↓

http://www1.kyuden.co.jp/company_social-action_messena_mingei_pref_fukuoka_sikaumi_sikaumi

愚童訓では、なんと志賀大明神はもちろん、春日大明神も鹿島大明神もイソラです。
イソラ事象といえるかはともかく、たしかに三社は事象的にも大筋つながってるんですよね。みんな鹿だし。
つまりシシ神さまもイソラ(笑)。

僕はブログの中では船神のシガ(志賀)神と神功皇后伝説のイソラ神とは別扱いしてます。でもいっしょにした方が話がダイナミックになりますね。

あの覆面、春日さまっていうんですか。なんかイソラっぽいのいるな~と(笑)。

  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2010.07/15 21:21分 
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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
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