神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • [No Tag]

オホーツクのうず巻き

2008.12.28.12:00<気象庁>オホーツクの渦巻12月28日
宗谷地震12月28日

【 オホーツクの渦巻き 】

12/28(日)に、オホーツク海に巨大な渦巻きが発生。
おそらくただの低気圧じゃない。台風以外でこれほどきれいな渦巻きははじめてだし、過去の事象雲と同様に地震をともなっている。
27日に震度2。28日には震度1と震度3が、北海道の宗谷支庁で観測された。宗谷が震源ってのも、きわめてめずらしい。まるで天と地が呼びあってるようだ。27日は新月でもある。

ナスカ平原にわき起こった古代エネルギーが、いま鳥のように地球をめぐっているという。ベーリング海峡をわたって列島に到達するのは、今年の終わりごろって話だった。
この渦巻きは到着を知らせるサインなんだろうか。それとも、オホーツクの海洋文化圏の反応とみるべきなのか・・・。

オホーツク文化は、宗谷と樺太南部を発生源として、3世紀ごろにはじまる。ニシンやアザラシ漁、捕鯨など、おもに海に依存した文化で、ギリヤーク(ニヴフ)が担い手だったと考えられている。13世紀のアイヌ文化のはじまりとともに消滅してゆく。
北海道の石狩川以北は、かつて粛慎(みしはせ)とよばれていた。白村江の戦い(663)直前の安倍比羅夫の大遠征は、蝦夷というより粛慎国が相手だったように思える。その粛慎がオホーツク文化であり、ギリヤークの人々だった可能性がある。
ひと口にアイヌといっても、文献的に鎌倉時代末期にはじまるいろんな文化の集合体。縄文人=アイヌという単純な図式は、逆にアイヌ文化の尊厳を傷つけてしまいそうだ。

アイヌでは、渦巻きのことをモレウというらしい。衣服の文様にもなってる。隼人族の盾にも、ふたつの渦巻きがデザインされている。もちろん隼人やアイヌにかぎらず、縄文にも弥生にも、さらには世界中の古代文明に通じる図形だ。地母神(ヘビ)のトグロや、海川のうずを図案化したってのが通説だけど、彼らはもともと渦巻きが宇宙を形成する「カタ」であり、だからこそ地上や人間にあらわれることを知ってたんだろう。

12月に入って宮城沖が活発化。おもに海神の反応だった。つづいて茨城沖の星神に移行。ふしぎなことに、この動きはクリスマスイブでぴたりと止まる。
今回の渦巻きと宗谷の地震は、それにつづく事象。海神(オリオン三ツ星)、星神(北斗)、そして最北のオホーツク海の反応は、いったい何をあらわしているのか。
朝鮮半島とくらべて、樺太経由の北方ルートはほとんど手つかず。なので、判断する材料にとぼしい。神話も考古学も、列島の歴史観は片目の状態だ。オホーツクの渦巻きは、もっと北に目をむけてってメッセージなのかも。でもま、文献薄いし、外交問題もからむし、すべてはこれからって感じなんだけど・・・。
ヘビのトグロといえば、ツングース系諸族のオロチョン族。日本神話のオロチにつながるのでは、ともいわれる。オロチョンとは、トナカイを飼う人々という意味らしい。オロチとトナカイって・・・スサノヲとサンタクロースみたいな・・・。
騎射にすぐれていて、カバノキの皮をはったカヌーにのる。現在は少数民族で、アムール川流域に自治区がある。蝦夷の人たちも騎射にすぐれていた。陸奥の邑良志別君(おらしわけ)はオロチョンにつながるんだろうか。

このさき事象が秋田県の男鹿半島や、日本海沿岸を出雲へ南下するようなら、オロチの線も考えられる。そしてもしナスカの鳥の影響ならば、来年秋の「草薙の剣」の本遷座がどんな事象をともなうのか見モノ。日本武尊の白鳥の神霊は、その姿をあらわすんだろうか。


【 雄勝シンクロ 】

奈良遷都1300年祭のキャラ「遷都くん」は、東大寺の大仏くんが鹿の角をはやしている。事象がすすむにつれ、このキャラって神がかり的にスゴいんじゃないかって思いはじめた。志賀神だけでなく、サンタクロースとオロチョンのトナカイも、鹿だ。北辰妙見信仰や、蝦夷の北方交易ルートにもつながってくる。

東大寺の大仏鋳造の詔がでたのは、743年のこと。聖武天皇。
このときいちばん困ったのが、大仏をおおう金箔だった。国内に産出例がなかった。
同年、滅亡した百済王家の血をひく敬福が、陸奥守に任じられている。
749年に、この敬福が金13kgを朝廷に献上する。聖武天皇は狂喜したという。
産出場所は陸奥国。宮城県遠田郡涌谷町。黄金山神社がある。国内初の金は、蝦夷の土地で見つかった。

東大寺の大仏と事象的にリンクしそうなのが、茨城県牛久市の牛久大仏。それぞれ木造建築、高層仏として、ともに世界最大級の存在。
11/22に、ミロクライン上の牛久大仏で震度3。12月に入ると、宮城県がM4~6の反応をはじめる。震源はおもに、石巻市の雄勝町沖。合併前は桃生郡だった。7日には内陸にスライド。桃生郡河南町(石巻市)で震度4。
「雄勝」という地名は、じつは秋田県にもある。だじゃれシンクロならつぎはここだなんて思ってたら、1週間後に秋田県湯沢市秋ノ宮の前森山で震度2。雄勝に近いが、湯沢市なので確信がもてなかった。そうしたところ、合併前の秋ノ宮は雄勝郡雄勝町だったとコメントをいただいた。とてもありがたい。宮城の雄勝沖から秋田の雄勝へのシンクロは、たしかに起きていたのだ。
この雄勝シンクロ、じつはただのダジャレじゃない。歴史背景があって、しかも大仏がらみという念の入れよう。まるで意識のあるなにかが操作したみたい。一連の宮城地震の性格を決定づける、きわめて重要なシンクロになっている。

752年に、東大寺の金ピカ大仏さんが完成。開眼供養がおこなわれた。
同年、陸奥国の多賀以北の諸郡に、税として黄金を貢げと命令がくだる。
757年、橘奈良麻呂の乱。
藤原仲麻呂政権に対してクーデターを計画するが発覚。黄文王(皇子)や大伴古麻呂ともども拷問死。
このとき陸奥守の佐伯全成も連座を疑われて尋問され、多賀城(宮城県多賀城市)で自殺している。尋問した勅使は、仲麻呂の子の朝狩だったという。
佐伯の死で空いた陸奥守のポストには、朝狩本人がついている。自殺ってのはかなり臭い。金産出の指揮をとるのは、陸奥守だし。

中央と陸奥を父子でおさえ、藤原仲麻呂の専制政治は有頂天へ。
あまりのひどさに、万葉集歌人の大伴家持は歌をやめたという。
この専制政治が、蝦夷に超強引な支配政策をもたらす。その拠点として完成が急がれたのが、宮城県の桃生城柵と、秋田県の雄勝城柵だった。地震がシンクロした2ヶ所だ。
仲麻呂父子は関東の兵力を動員し、各地の謀反人、罪人、浮浪人を集め、柵戸として続々と2拠点に送りこんだ。奈良麻呂の乱に加担した人たち、一族もまた、雄勝城柵に追放された。
「城柵」というのは、いわば防衛攻撃機能をそなえた役所。柵戸は戸籍をもらうかわりに役所のまわりを開墾し、城柵をつくり、納税のために耕す。柵戸なので、柵の外に出れば逃亡だし、戸籍を失う。しかも騎馬にすぐれ、兵士にさえおそれられた蝦夷の土地。攻撃があれば、クワを持つ手で弓矢をとって戦わなくちゃいけない。ある意味、旧ソ連のシベリア送り・・・。

大和朝廷の蝦夷経営の基盤をきずいたのは、藤原朝狩だったといえる。
藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱で、父子は琵琶湖の藻屑と消えた。
だが次なる弓削道鏡もまた専制政治をおこない、蝦夷の支配政策も受け継がれてゆく・・・。
774年、蝦夷が蜂起。朝狩がきずいた桃生城柵は炎上し陥落。ここに三十八年戦争がはじまる。
一方、宮城の金は、平安末期に奥州藤原氏の平泉黄金文化を花開かせることになる。

宮城沖地震のさなかの11日、アメリカで世界最大の詐欺、マドフ事件がおきた。
錬金術をイメージさせる世界最大の運命の輪(シンガポールフライヤー)が、23日に停止事故。
東大寺大仏と牛久大仏とも共通する、「世界最大」のキーワード。
そしてイズラエルのガザ空爆。
おごれるもの久しからず・・・。
雄勝シンクロの背景は、まさにそんな言葉を思い出させる。

秋田の雄勝峠をはさんだ山形県真室川町に、甑山という男女の夫婦山がある。
出雲大社遷座祭直前の4/17、神戸市須磨区沖とともに、震度4の艮(うしとら)連動をおこした場所だということを付記しておきたい。
来年はいよいよ、その丑寅のはじまりだから・・・。


今年このブログをはじめて、いろんな出会いがありました。
コメントをくださったみなさん、読んでくださっているみなさん、ほんとうに感謝してます!
どうぞよいお年をお迎えください。
                                            いやさかの木

  • [No Tag]

*Comment

NoTitle 

あけましておめでとうございます。
このブログに出会って新しい視点を与えていただきました。
いつも更新楽しみにしています。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

ところで今月の言葉の「ホ・オポノポノ」って何ですか?
  • posted by うらら 
  • URL 
  • 2009.01/01 12:46分 
  • [編集]

NoTitle 

明けましておめでとうございます。

いやさかの木さんの、自由連想のように縷々綴られる記事に毎回刺激を与えられながら、今年も探求を続けたいと思います。

いま、なんとMU BOOKSシリーズがマイブームだったりします。『失われた原始キリスト教徒「秦氏」の謎』などはかたくなった脳をほぐしてくれます。
いやさかの木さんの視点では、秦氏はどのように映りますでしょうか? 漠然と現在の日本人の中にある技術者のDNAは彼らが持ち込んだもののような気がしているのですが・・・ また、蚕の社の三柱鳥居は一体なにを表象いるのでしょう!?

では、本年もよろしくお願い致します。
  • posted by spaspaboy 
  • URL 
  • 2009.01/02 12:49分 
  • [編集]

うららさま 

あけましておめでとうございます。

こちらこそよろしくお願いします!
発想や視点は、このブログのとても大切な要素なので、そう言っていただけるととても嬉しいです。

セルフアイデンティティ・ホオポノポノは、すべての現象は自分の記憶が生み出すというような考え方で、よっつの言葉で記憶をクリーニングします。
ハワイの伝統医療の一人者、モナ・ナマラク・シメオナさんがはじめたそうです。

去年、フラやってるハワイ好きの友人から教えてもらったんですが、記憶を歴史におきかえると、とてもしっくりくるので、今年はそのよっつの言葉からはじめようと・・・。

ところで、本のタイトルも「ホ・オポノポノ」なんですが、Ho`o ponoponoだから「ホ・オ・ポノポノ」か「ホオ・ポノポノ」って友人の指摘があったので、そのように書きかえてみました。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2009.01/02 23:26分 
  • [編集]

spaspaboyさま 

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!

古代人にちかづくのは想像力勝負なので、チベット方式をこころがけています。ツインピークスのクーパーFBI捜査官の捜査法ですけど(笑)。

「秦氏の謎」、僕も読みましたよ。
でもすみません。秦氏は発想が際限なくなるので封印してる分野なんです。まず内から固めていこうと。
ただ、秦氏系の島津氏が十字紋で、キリシタン大名の大友氏と壮絶なバトルをくりひろげたのには因縁を感じますし、出どころの伊作(いざく)も、なんだかアブラハムの息子みたいですよね。島津氏が来る前からあった古い地名なんですが。

秦氏がある種の技術を持ちこんだのはまちがいないと思います。また、明治維新も、秦氏という視点で見るとおもしろいかもしれません。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2009.01/03 00:21分 
  • [編集]

NoTitle 

「ホオ・ポノポノ」今年最初の言葉いいですね。
はじめに言葉ありき、ですものね。

私は子供二人を授かりましたが、「ありがとう・ごめんなさい・こんにちは」この3つをすっと言えるのを子育ての一番の支柱にしました。
これは間違ってなかったようでうれしいですが、
愛していますを忘れてましたね~
  • posted by うらら 
  • URL 
  • 2009.01/03 12:50分 
  • [編集]

うららさま 

そうですね。はじめに言葉ありき。
よっつの言葉でインパクトをあたえられるんだから、すごいです。

「愛しています」なんて、指でかぞえられるくらいしか言ったことないので、逆に新鮮だったりします(笑)。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2009.01/04 02:01分 
  • [編集]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • posted by  
  •  
  • 2009.01/04 20:03分 
  • [編集]

Re: 雄勝 

あけましておめでとうございます。
こちらこそよろしくお願いします。

そう、あくまでひとまずなんです。
桃生城柵と雄勝城柵の解釈は歴史のほんの1ページにすぎません。
たとえばなぜ柵がその場所につくられたのかということは、文献では見えてこない部分があります。
「やませ」や「鹿島様」は、それをとく鍵にもなりそうですね。
よろしければ雄勝をむすぶ秋田からの「流れ」についても、お聞かせいただければ嬉しいです。 すごく興味があります。
「ヲガチ」がヲロチやカガチにつながる可能性はないのでしょうか。
宮城の遠流志別石神社も気になるところです。
オロチについては、年末年始におもしろい反応がでているので、近々書きたいと思います。
柏崎と千葉をむすぶ動きも出ています。

甑山にも前森山があるんですか。雄勝峠をはさんでますますあやしいですね。
あの震度4の艮連鎖は気になって忘れられない反応のひとつなんです。
須磨区沖の方は、阪神淡路震災とおなじ震源でした。
雄勝峠をはさんで、あの辺りにはなにかありますよ。きっと。

北からの文化の流れ、東北縄文のメッセージは、これからもっともっと大事になると思います。

唐松神社に初詣なんて、じつにうらやましいです(笑)。

ホオポノポノを年始の言葉にしたのは、なんとなくの直感なんですが、
見てくださってる方のクリーニングのお手伝いになってると思うと、
ちょっと嬉しいものがありますね。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2009.01/06 23:07分 
  • [編集]

Comment_form

管理者のみ表示。

*Trackback

トラックバックURL
http://amanohitukukami.blog28.fc2.com/tb.php/112-804334bf

Menu

プロフィール

いやさかの木

Author:いやさかの木
.........................

天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

最近の記事

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。