神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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死と再生の旅(1)


追記として...


物語にとらわれた者は、物語に表現される。
たとえば三島由紀夫や、太宰治。
ヴォネガットはその解除のために登場人物を解放した。
(『チャンピオンたちの朝食』1973年)
もちろん作家だけじゃない。僕らの恋や、社会も。戦争だってそう。
事象もまた物語だ。どうやら2008年8月8日の出雲大社の八雲の図以来、僕は想像以上にそれに表現されちまってたらしい。

事象の流れはいま、死と再生のキワにある。
先走っていってしまえば、[犠牲のcross22]が再生の木となって、[常神串(94)ライン]と[太陽の道]のクロスを生命の木へと導くんだろう。
そのクロスポイントに、三輪山はある。

2012.11.7三輪山

※太陽の道は北緯34度32分20秒前後の斎宮跡(三重)と箸墓をメインとする太陽信仰とヒキ(日置・蟇など)のレイラインだが、北緯32度27分の伊勢内宮と淡路国一宮の伊弉諾(いざなぎ)神宮も、当ブログではふくめている。

アグニは「水の中の火」だと書いた。
「水の中の火」のワードから、なにかしら浮かんでくる映像はないだろうか。
そう。原子炉だ!
カグツチ出産が原発だと前もって教えたのは、じつはアグニの事象である。林さんが亡くなったカトマンズのアグニエア機事故しかり、インドのアグニ型ミサイル実験しかり。菅(牛)&シン(寅)の日印原子力協定締結交渉しかり。

神話の概念は、かならず実体化される。
アグニはインドの火神で、「水の中の火」はインドヨーロッパ語族の神話のテーマ。最初に原子の力を手にし、原爆を落としたのもまた(いささか大雑把だが)インドヨーロッパ語族だ。日本はそれを取りこんだ。このストーリーは、たぶん日本神話の神々では直には解除できない。

2010年9月、台風9号マ-ロウ(瑪瑙)が観測史上はじめて福井県の敦賀に上陸。地震を鎮める「要石」がある、宮城県加美町の鹿島神社のご神木を倒したのもこの台風である。
敦賀半島の高速増殖炉「もんじゅ」から秋葉山(静岡)へ、きわめて異常なコースをたどり、そこで消滅した。千葉もひざ下まで浸かったので、あのときの超豪雨はよく憶えている。静岡の秋葉山は火神カグツチ信仰の本拠地。まさに「水の中の火」だ。
台風9号が示したこの「型」は、翌年3月11日、M9の水の祓いによるカグツチ出産となって実現する。津波に襲われた福島第一原発は、台風の秋葉山の発展型。あの事故はカグツチ出産であると同時に、火神アグニの出産でもあったわけだ。

日本の神話では火(ホ)と日(ヒ)は区別される。とてもだいじなポイント。
だがアグニは火神であると同時に太陽神でもある。カグツチが天照大神になったようなものだ。問題ないと思う?
ヒロシマとナガサキの原爆は、いうなればあらたな太陽神として日本に降臨したアグニだった。僕らの社会は天照大神を岩屋に閉じこめ、「ついに太陽をとらえた(by讀賣)」と、全国にアグニ信仰をひろめた。

フクシマの事故がおきたのは、ニセの太陽を射落す意志が1~2月の事象に見られた直後である。アグニはニセの太陽であり、解除すべきストーリーだということ。
イザナミがカグツチ出産に原発を選んだのは、アグニをカグツチのストーリーに取りこみ、わが子として出産するためだ。まあ解除にはそうするしかないよね。
そして幽閉された天照大神を、祝戸びらきに導くためである。
稼動原発ゼロで迎えた金環蝕は、まさに天照大神の再生であり、復権だった。

黄泉のイザナミは母なるイザナミの一面だ。伴星を蒸発させる毒グモ中性子星は科学者にとってパルサーであり、暗闇の灯台でもある。コトが起きる前はさんざん文句たれてきたけど、コトが起きてしまったからにはメッセージを読み解くことだけに集中したいと思う今日このごろ。
母なるイザナミが示した解除の「カタ」を、どうするかは僕らしだい。受け入れられなければやがて神々は去る。八岐大蛇でも拝んでなさいってね(笑)。神々が去れば、この国の風土は確実に変わる。
たとえば、阪神大震災の95年に大阪で発見され、福岡市のアイランドシティ(神功皇后伝説の海)で8201匹の駆除が公表された、侵略的外来種セアカゴケグモ(後家グモ)なども、ひとつの目安だ。
もしイザナミが、それでもなお僕らを見限れないなら、逆説的だが、さらなる解除のナミがこの国を襲うだろう。

ことわっとくけど、僕が反核だから、そっちに誘導しようと話を後づけしたわけじゃないよ。読みつづけてくださってるみなさんはおわかりだと思うが、イザナミはみごとに手順をふんでいる。かいつまんでいうと、まず神功皇后の聖母伝説をとりこみ、チリ大地震で「聖母受胎」が告知され、菅&シンの牛寅コンビによる初の日印原子力協定交渉で「アグニ」と「原発」を結びつけ、台風9号で「水の中の火」を「カグツチ」に投射。さらには北朝鮮のウラン濃縮施設公開と砲撃事件で、出産の号砲を放った。
たったひと月十日の原発ゼロと、今世紀日本最大の金環蝕が重なったのが、ただの偶然だと思う!?

もちろんこの話は、あくまで台風9号とM9の巨大津波の「つながり」を大前提としている。地球がひとつの偉大な表現であり、僕らがその一端を台風だとか津波だとかいってるに過ぎないにしても、そういう発想のない方々にはこのブログはまったくの無力だ。
フクシマがヒロシマの解除だといっても、聞く耳は持つまい。
だがだれがなんといおうと、事象は表現であり、メッセージがある。
台風9号の瑪瑙(マーロウ)は、出雲勾玉。王者の石。
出雲の王者は、杵築(きづき)の王者。気づきの王者は、「核」を手放せといっている。最終的な解除は僕らが手放すしかない。そのためには、手段を選ばない、と。

気づきの王とは、もちろんオオナムチのこと。三輪山の神でもある。
幽界の主宰神にして、大和王朝にもっともおそれられた祟り神。十代崇神天皇が夢合わせで子孫のオオタタネコ(大直禰子神社)に三輪山祭祀をたくしたところ、国が平安をとりもどした話はよく知られる。
このほか後世の祟り神として有名なのが、祇園の牛頭天王(スサノヲと習合)に菅原道真の天満大自在天神。平将門。そして艮の金神。みないまの事象とおおいに関係する神たちだ。

現在のオオナムチは、出雲88事象と三輪山GHQのリーダーとして事象を操る。神使(ミサキ)は2013年の干支、ヘビだ。
ドラマ『ゴーイング マイホーム』はこびと「クーナ」を探す旅だそうだ。村の子どもたちはむかしスクナヒコナのことをそう呼んでたって設定。
オオナムチといえば、小人神スクナヒコナ。ともに「葦原中国(あしはらなかつくに)」を国づくりした、七福神の原型ともされる凸凹コンビである。
大神神社にもスクナヒコナは祀られている(摂社磐座神社)。もちろんお参りした。僕はゆえあってメネフネをHNにしている。ハワイの小人神だ。あるいは今回の旅もスクーナヒコナがかんでるのかもしれない。
 ⇒『大和国一宮大神神社HP』 

「3.11」に茨城の大洗港沖に巨大渦潮が発生した。
あれは大洗磯前神社に降臨したオオナムチとスクナヒコナの「大洗(おおあらえ)」の渦だ。葦原中国再占領事象も、あの渦からはじまった。
オオナムチの真意は、僕にはなかなか見えてこない。気づきの王と大黒天オオナムチのメッセージにはズレがある。いずれにせよいえるのは、日米をセットに大変革を行おうとしてるということ。トモダチ作戦である。イジメ作戦と紙一重の。

なんで再稼動が大飯原発でなければならなかったのか。オバマ湾だからに決まっている。しかも大飯原発の大島半島とともにオバマ湾を抱く内外海(海外と内)半島には、大飯原発とまったくおなじ北緯35度32分28秒にオオナムチの久須夜神社がある。その一帯のパワーがすごいという報告もいただいている。
11月10日、88維新の党の橋下代表は、ヒロシマでこういった。
「核廃絶は現実には無理だ。日本が米国の核の傘の下に入ることは必要だ」と。
だがオバマこそ、核とオオナムチの腕に抱かれているのだ。
「オバマ湾のドラム缶」が、翌年メキシコ湾原油流出事故となってオバマ政権を苦しめたのは前に書いたとおり。ことしは大飯原発。来年はとくに、カグツチ出産と対応するイランの核問題にはアンテナを向けとく必要があると思う。

「9.11」には尖閣購入とリビア米領事館襲撃事件。
フクシマ沖震度4(北緯37度37分)のバックアップをうけ、「11.3」には88原巨人族が3年ぶり22回目の日本一。つまり223(富士山)。よりにもよってこんなタイムリーな時期に、9界史上初の日米巨人族のそろい踏みだ。
原発の志賀(鹿)大神と富士山の巨人伝説。
シシ神さまからダイダラボッチへ...
『もののけ姫』を思い出す。
三輪山への旅の11月7日、予定どおり再選されたオバマ大統領はいった。
「最高の時代はこれからだ」と。
オオナムチのセリフだと思っていい。

かつて大洗磯前神社に降臨したオオナムチとスクナヒコナは、里の人に神がかってこういった。「昔この国を造り、去りて東海に往きけり。いま民を済(すく)わんがため、また帰り来たれり」と。
神話では、スクナヒコナはかがみ(薬草)の船に乗ってあらわれる。幽界のオオナムチもまた天鳥船で往き来する。かつて東海からきた船といえば「黒船」。黒船が東照大権現の世をゆるがし、結果的におわらせた。
そして築かれた国家神道の大日本帝国。これをおわらせたのが原爆だ。
ヒロシマの原爆はリトルボーイ。ナガサキはファットマン。
これが小人神スクナヒコナと、袋をかついだ大黒さまに対応してるように思えるのは、僕だけだろうか。

福島第一原発事故に関して、11月15日、全国13262人が当時の勝俣東電会長や原子力安全委員会の班目委員長ら33人に対し、業務上過失致死容疑で福島地検に告訴告発状を提出した。
過去に浪江町の「耳なしうさぎ」のとこでも書いたよね。この「33(耳)」は、福島と福井の原発をむすぶ事象数だ。

フクシマのレベル7(=七福の島・七福神の締まり)のあと、つぎは福井の「もんじゅ」が狙われる可能性があると書いたように、あのデク(木偶)は日本原子力界の核心であり、シンボルである。
ナガサキのファットマンは冥王プルートのプルトニウム239。「もんじゅ」もおなじだ。
フクシマがリトルボーイのスクナヒコナなら、ナガサキに対応するのは冥王ならぬ幽界の王オオナムチって線が見えてくる。
つまりナガサキの解除は高速増殖炉「もんじゅ」、MOX燃料(プルサーマル計画)、六ヶ所再処理工場を標的として事象化する可能性があるということ。とても福島第一原発3号機で済んだとは思えない。
核燃料サイクルの否定こそが、ナガサキの解除につながるのだ。

東吉野の丹生川上神社中社は、東経135度59分10~16秒。その真北に、「もんじゅ」はある。
だいじなのは「もんじゅ」の手前の丹生の浦と、丹生川上神社がきちんと「丹生」対応していること。「丹」といえば神仙、錬金術。ついに神を生んだといわれた「核」は、近代の錬金術でもある。現代は、その悪意と悲劇からはじまった。もちろんヒロシマとナガサキだ。

あたらしい時代を迎えるためには、旧い物語は解除されなければならない。それが欲望と破滅ではじまったものならば、なおのこと。でなければ、僕らにインプットされた「水の中の火」は、未来にわたって欲望と破滅のストーリーをこの国で表現しつづけることになる。

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*Comment

麗しの島・台湾 

過去の事象から台湾がらみのことが気になっていました。
1994年4/26中華航空(台湾)が名古屋空港で着陸に失敗して246人が死亡した事故がありました。4/26はチェルノブイリ原発事故と同じ日付。
1999年9/21台湾大地震が発生。
9/30東海村JCO臨界事故で国内初の事故被爆による死亡者を出しました。
台湾の原発はアメリカの独占ですが実態は日本が原子炉本体を輸出した初めての国でもあり、その関係なのかと思っていました。
前回の記事のコメントで千春さんが玄奘三蔵の分骨について書かれていましたが、921大地震の震源地近くの日月潭という湖の近くに玄奘寺があり、ここに日本から玄奘三蔵の分骨がされています。
日月潭にあるラルー島は原住民サオ族の聖地ですが、日本統治時代は玉島と呼ばれ、玉島神社もありました。
玉島といえば岡山県倉敷市玉島は日月神示の岡本天明氏の出身地です。

ファットマン→オオナムチ、あぁなるほど!なんだろうと気になっていたので、納得です。

11/26に鈴鹿市神戸3丁目の交番に乗用車が突っ込む事故がありました。日本の市町村をイロハ順に並べると鈴鹿市は一番最後になるそうです。
一番初めは飯田市。飯田市といえばリンゴ並木がありますがこれは大火からの子供たちの夢と希望のシンボルですね。
http://www.city.iida.lg.jp/namiki/about/index.html
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  • 2012.11/28 22:32分 
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  • 2012.11/30 19:42分 
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コミュニケーション 

こんにちは、

わたしは、このサイトだけでなく 色々なサイト{神道系分野に限らずという意味ですが}を覗くのですけどね、、読んでいて<神道の歴史はあまりないのだけど>、面白いと感じるのは、同時体験<思考>を知らない人達がしているのねぇぇ、、と知る事なんですね。

何処の生まれの方か、お名前も知らない一見するとあかの他人と呼べる関係の人達なのに、又、民族も違うし、受けた教育も話す言語{母国語}も違う、、このような違いだらけの それでもって地球の上に生きている人間という共通エレメントしかないんだけど、、、時々、同じなんだなぁぁ、、という変な共有観念というか、むしろ、共に同じ時間生きてるのね?あら?、昔同じ体験してたのね?とか、、、不思議感覚、共在と云ってみたらいいのかな?
面白いのですよ。

それで、最後は、会話や対話はきっとそのような自分以外の人と話をする事で、他者を知るという行為を本当は生きるという事、だと思うのですよね。

すこし、哲学的、精神分析分野の事を話すと
今までの個人的な経験も踏まえ、また世界のメディア情報との 間には、不思議な同化現象というか実像というか、、実に不思議な一致がところどころに観えるんですよね。

個々人の経験や体験{いつも何故か同行者が居るのだけど、、}は個人に関する情報ですが、、個人的な 意識や考え、思考は、やはり実践として なんらかの外界との一致<主体と客体の一致>が生じないと、個々人の想像世界を超える事ができないと思うのですね。

これを普遍性をもつ存在の 生き方として実践に移す事が必要になると思うのです。
個々人の頭脳内の考えや意識運動<霊感、直観、霊視、夢、霊聴 ETC>すべての意識運動は、個々人の体験なのですが、今度は、他者に放ってみる。
これは、コミュニケートですよね?。もともと、人間が自分以外の人間に 言葉を放とうとするのは、その行為によっての、自分自身の存在の再認識なんだと思うのですね。
その行為が、自他への愛憎の意識{思い}が原因としても、結局、それだけ、他者を必要としているという人間の魂の 希求運動だと思うのです。
このサイトの趣旨とは離れるかも知れませんが、コメントや書き込み行為は、元々何か、表現したいという他者への信号だと思うのですね。

発信者が 独語のコメントあるいは、独白コメントの意識がなくても、結局空間に記号を 放ってしまっているという事だと思うのですね。
ところが、共通の場<マウンドと表現されていますが>に存在する他者達は 受信側として記号を、好む、好まざる関係なく、読まされる{読む}のですよね。

問題なのは、この時、瞬間の関係は<発信者から受信者>個の関係が成立してしまっているんです。

発信者は不特定多数の方に向けている行為と知っているのにも関わらず、大多数いる無言他者達とのコミュニケートの共通分母を探す事はコミュニケートには必要なんですが、個々人の共通分子に意識が執られがちなんですね。

何故なら、主体発信に傾くという事は、個から個へ向けられてしまっているからと、哲学では考えるんです。

人間が固体として生き者であるにも関わらず、その肉体を宿す心や魂は、主体に偏重し、他者との力関係のバランスを崩すと、孤立しだすと思うのです。

つまり一部分対象への発信ですので普遍化とは反対です。
対話や会話のキャッチボールは、一対一{個と個}しか成立しないのにも、関わらず、無言の複数他者達へコミュニケートを求められているという事だと思うのです。

うまく表現出来ないのだけど、このようなコミュニケートの問題は最近非常に多く、社会問題になっています。

特にNETの発達により、日本に限らず世界中に普遍的な意識交流コミュニケート問題が多発しています。{他者の心が理解出来る、感じるであろう予測出来る、、地点での立場で共通分母のコミュニケートするという前意識の欠如}

でも、ここは幅ひろい表現力、お持ちのいやさかの木さんのおかげで、うまく存在出来てると思います。

ちなみに コミュニケートというカタカナ単語は、コミュニケーション communicationから来ているはずですが、哲学的意味は、交流と辞書には載っているのですが接頭語に COMMUNがつく単語は、ラテン語の CUM<COM>を接頭語にする、共同体、コミューン<COMMUN>の意味なんですね。

何故?コミューン{共同体}が出来るのか?というと、意識交流が人間がしだし、共同に住む社会形態が出来るからなんでしょうね。

つまり、コミュニケーションを伝達と訳すと、語源の意味が見えないと思うのです。

人間が進化し、コミュニケートしだしたから、コミューン{共同体}が出来た、、という時間軸の流れなので、元々、人間感性{能力}に帰属していると思うのです

。昨今大変な社会問題として、精神、心理的な問題、孤立、引き篭もり、感情コミュニケーション不通、KYといわゆる、空気、場の雰囲気が読めない、、という問題が溢れていますが、コミュニケーション<交流>という単語の語源は 共有の観念を示すのだと思うのです。


意識交流する目的として言葉が生まれたのではなく、むしろ、他者を知りたいという人間の生きる為の希求運動だと思うのですね。
すでに、言葉を交わさなくても、ある程度の交流は人間は出来ていたと思うのです。
そのように考えると、全く違う会った事もない 大陸の果てにすむ民族の間にもそのようなコミュニケーション意識交流はあったとおもうのです。
時々、西洋の創世記や日本の神話読むとそうですが、大変興味深い類似点がありますよね。日ユ同祖論も、そのような観点への目指しを持つ人達の反応だと思えます。

わたし個人としては、何か一つの分野に専門的に、意識を向けるということではなく、地球上のあらゆる情報をなるたけ広い視野で眺めてみて、普遍性をまず察知したいと思うのです。

普遍は、アルファベットでは、UNIVERSEL ユニヴェーセル、同じく宇宙という意味も含むので、日本語の普遍という発音だと なかなか意味が分かりにくいと思います。

何故なら、ラテン語から来ている ユニヴェーセルの ユニは、UNI で、一つという意味ですし、 VERは、回る<~へ>という意味ですから、普遍化するというのは、 一つになる方へ回る、、というつまり、宇宙の存在しているあるいは、公転の 理を 表しているのだと思うのですね。

つまり、一つになる方向へ向かわないと、存在出来ない、多分、変様や 変形を 必要とされながら、一つになる宇宙の 理なのだと思うのです。非常に興味深いですが、ラテン語とサンスクリット語には古代人達の神秘の種明かしの言葉がたくさん隠されているように思うのですね。

以下に、ユングの普遍的無意識の説明されたブログの部分転記を貼っときますね。


=======================================
ユングは人間の精神世界の深奥に広がる無意識の領域は、個人レベルの幼児期の外傷的記憶といった矮小な領域に閉じたものではなく、人類全般に共通するような広大無辺な“集合無意識(普遍的無意識)”へと開かれていると考えた。

ユングは、世界各地の神話や伝承を調査していく内に、地域・民族・時代・文化が異なっても神話・伝承・昔話の中にはある一定の共通するパターンがある事に気づいた。
そして、精神病棟の中で、精神分裂病患者が延々と語る一見、荒唐無稽と思える妄想・幻覚の内容に耳を傾け、健常者が見る夢に登場する物語やイメージを分析していった。
すると、精神病者の妄想や健常者の夢の内容には、ある一定の共通したパターンやイメージがあり、それらのパターンが、世界各地の神話・伝承にも共通するものである事が分かったのである。

ここから、ユングは、無意識の領域には、人類全般に共通する集合無意識(普遍的無意識)とその基本的心像である“元型(archetype)”が存在するという仮説を着想するに至ったのだが、この人類に共通するという集合無意識の存在を科学的に検証したり証明する方法は存在しない。
その意味で、無意識や集合無意識の概念は、飽くまでフロイトやユングが創始した主観的な説明概念であり、効果的な心理療法に用いる仮説的概念として認識すべきものであると言えるだろう。
http://charm.at.webry.info/200504/article_8.html


  • posted by 千春 
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  • 2012.11/30 23:54分 
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御餞別♪ 

あらら、荒れちゃって・・・。
王冠(ミトラ)さん、あなたの立ち位置がどうであれ、むやみに呪詛めいた言葉を吐くものではありませんよ。あなたが斬り捨て嘲ったコメンテーターの方々の裡に、あなたの敬愛するイエス殿が内在することをよもやお忘れで? 
(親切心からの忠告としては表現が辛辣すぎると思いますので思わず横から失礼します) トリアージのし過ぎは心理的負担が強うございますのでくれぐれもお気をつけて。
天使との相撲おきばりやす。私は2ラウンド目、土俵際でギリギリ粘ってま~す。good luck♪
  • posted by marisol 
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  • 2012.12/01 06:14分 
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いよいよ師走になりました。 

いよいよ師走になりましたね。

衆院選挙があり、今後の日本の道が示される大事な月になると思います。
  • posted by 日本武尊@名古屋CITY 
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  • 2012.12/01 08:26分 
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三輪山 

いやさかの木様、長くプロフィールを飾っていた写真を三輪山に変えられたのですね。先日は大神神社を訪れられたとか。

選挙がもうすぐです。多くの党が乱立状態。原発が、重要な選択肢のひとつであることは言うまでもありません。福島の原子炉は今もリアルタイムで、
大変な状況だということを忘れてはいけませんね。
いやさか様が声をあげられたこと、ご意見として真摯に受け止めたいと思います。

さて先日は三輪山周辺をハイキングしました。大神神社はあったかい空気で迎えてくれました。ぐるりまわって30000歩。足でかせぎ、古代から現代へと層をなす濃い空気を、直に肌で感じてきました。

私、生まれたところが黄泉の国だったんです。この世に生を受けたのは死の国でした。ひらたく言えば仮死状態での出生、生まれようと死にものぐるいでこの世に出てきて、力尽きたのでしょう。出雲系の神々の降る里の人間だからしょうがないかな。息を吹き返して、太陽のもとで生きているというこに、生と死の境のない世界の不思議を覚えます。

かつて、お伊勢参りをした時、神宮の前にかけられている白い幕が風でフワリ舞いあがりました。中がまる見えでしたが、神々しさに目がつぶれるなんてことなかったなあ。お陽さまが降り注ぎ「よう来た、よう来た」と招いてくれているような、幼子(おさなご)の頃のような懐かしい感じがしました。

年が明けると、出雲大社と伊勢神宮の同時遷宮です。原発の行方、その他沢山の課題今を抱えつつもこの国は今、産みの苦しみの時期なのかも知れませんね。

コメント返し、本当にありがとうございました。
『今後どんな事象が僕らを待っているのかわかりませんが、僕らは確実に「再生」の段階に入ってると思います。そしてそれは、まちがいなく「よろこび」です』・・・嬉しい言葉で〆て下さいました

このブログにお越しの皆さまも、懸命に今を読みながら生きているということ、それを感じられたというだけで、ここを訪れた甲斐があったというものです。感謝します。

  • posted by DIVA 
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  • 2012.12/02 23:55分 
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地球の上の出来事 

地球の上を歩いていると、本当に不思議な事色々 出遭うのですよね。
何処にいても、どの国歩いても、本当に不思議なんですよね。そういえば、
3,4年前に生まれてはじめて、京都の伏見神社を訪ねてみたのです。
階段を登ると、二匹のお狐さんが、左右にいてお出向かいしてくれる。

下から上がってくる参拝客を色々視て、いるらしかった。
お社に近づくと、一人の中年男性が、大きな声で、般若心経を唱えている。

「うううう~ン???」しばらくその場の空間を見ていると、やはり異様な光景に 周りの参拝客達も感じるらしく、その人に近づかないようにして、 避けて遠くに行ってしまう人達が多いのですよね。

わたしは、後ろから、読経されるのを、眺めていたのだけど、、、般若心経は一番短い国民的なお経だから、おもって~、、マ!神社で、お経を唱えていけないという事はないのかも知れないけど、、あまり 頻繁に見ない光景だと思うのですよ。


そしたらそのおじさんは、繰り返し 又般若心経読み出した。

そしたら、先ほど、写真を撮ってあげた若いカップルが来て、そのカップルは、全然怖気づくことなく、その大きな声で読経されてる おじさんの横に立って、カラン、カラン、 柏手叩いていたのです。

別に、そのおじさんは不思議な存在でもなんでもない、、という無関心なんですよね、むしろ、聞こえないみたいだった
ちょっと、説明すると、そのカップルとは30分くらい前に会ったのですよね。パっとみて、気持ちいいんですよね。1000本鳥居の前で、写真撮ろうとしているから、わたしから、「一緒に二人で 撮ってあげましょうか?」と声をかけたカップルだったのですよね。

そしたら、「あ、すみません、そのカメラ壊れてて、撮れないかもしれないんです」、、、とか返事するのですよね。
なんだか、よく分からないけど、気持ち良い感じがするカップルでしょ?
そして、伏見の1000本鳥居の廊下を歩いていると、これまた、驚くのですよ。目の前に大きな亀がじっと、しているんですよ。しかも、こんなに大きいのに、誰も、停まって 見ようとしないんですよね。埃だらけで岩に見えたのかしら?でも、3キロくらいはある大きな亀で、あんなところにいたら、 誰か蹴飛ばすから<修学旅行学生が多い>鳥居の外に出さないと危ないと思う私が、うろうろするだけで、人って、停まってみても、「あら!亀!」だけなんですね。見るだけで、人って興味ないんらしいですね。こんなところに大きな亀がいてもおかしくないと思うらしいのですが、、、持とうとすると、「ここら辺の亀は獰猛だから、噛まれるからよしなさい」、、と、いい大人の男の人で言う人がいるんですよ、、、わたしも、怖いですからね、、それでも、なんとか、ソート人通りの多い、鳥居から、出て土手まで持って行き、放しましたが、、、なんでしょうね?あの 1000本鳥居の中に、亀さんはよく歩くんでしょうかね? 写真も撮りましたから、ちゃんと証拠もありますよん!
そうそう、伏見神社にある お墓は オキツネさんが、墓石に建っているんですね。あまりお墓など訪ねないのだけど、伏見は不思議な場所ですよね。フト見たら、わたしと一緒に、先ほど写真を撮った、カップルも一緒に来てました。
サンスクリット語を漢訳した玄奘三蔵が なんだか、関係しているかなぁぁ、、と 思いはじめたのは、この頃だったかも知れません。
面白伏見神社の体験日記でした。^ ^


  • posted by 千春 
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  • 2012.12/05 23:33分 
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つくづく思う事 

こんにちは

最近つくづく思いますが、

兵の兵庫県の地震の事もそうですが、日本の兵隊さん、戦争で亡くなった日本軍の 兵隊さん達の魂って、浄化しているんでしょうか?
最近、死者達の 苦しみの声、、とくに戦争で亡くなった兵隊さん達は、 本当に、戦争に行ったのは、 例えば、お国の為とか、天皇陛下の為、、と思いたくて、信じたくて、、、
そのような 生き方しか出来なくて、恣意的な感情に 迎合しなくては生きて行けない時代を潜り抜けて、、、

このような気持ちや感情を持ちながら、戦争に行って死ぬと、その後どのような 魂や心の 状態となって、存在し続けるのでしょうか?自分自身、、そのような時代に生きた人達の 魂に自分の魂を遇わせてみるんですけどね、なんというのでしょうかね?
心や魂が生前、なんらかのその魂を生かせている、希求運動とは逆の 力が加わってしまうと、 苦悩を生むのですよね。たとえ、、その生き方が、形而下の世界では、認められていても、、そのように 第三者達には見えても、、、

なんですけどね、、

いったい、命って、なんでしょうね?と思うのです。

人間の命が、 宇宙に 一つしかない、尊いものであるならば、バラエティー番組で笑い話しの種になっている、

「出来ちゃった 結婚です」と、言われても安易に笑えない自分がいますものね。これから 生まれてくる命に 失礼ですから、、 どんなに小さくても、他者に失礼と思う事は、自分の命が生まれた時に、 両親がそのような笑い話しをしているのが、わかったら、あまり 良い感じはしないと思うのですね。自分に対して、不愉快におもったら、他者にも 同じ不愉快な思いをする言葉は、放ちたくないですものね。

むしろ、 日本語を話さない、他の世界の 人達とコミュニケートをする事で、 命とか 人間の存在とか魂の接し方という事を 考えながら 言葉を 放つと、同じ話題でも、反応や呼応が 多少違う事に 気がつくと思うのです。

日本人だから日本語だけで通じる世界だけで、 呼応し 意味が通じれば、いい、、と思うような 世界観の造り方は、 どんどん、孤立したり閉塞性を帯びてしまうと思うのです。

何方か、リグベーダの事書かれていましたが、

漢字表記は 表意の意味で 意味を伝えていく文字<記号>だと思うのですね。
アルファベットは、 表音文字なので、どうしても 音によって、意味を伝えていくんですね。
何故なら、音には、その音が出来る 意味がすでに あるからだと思うのですね。

昨日、又三陸沖で地震がありましたね。

311の経験を 体験してしまったわたし達は、どうしても、311の事が忘れられないでしょうから、今まで以上の 恐怖感や不安に 心を 捕られてしまう事になってしまったんですね。

このような 不安や恐怖を 抱え込む、わたし達の存在の仕方には、どのような意味があるのでしょうか?と考えたりするんですよね。

ある程度の 予見や予知が可能な 人達の 本や情報があちこちに 出ましたが、、、、

いったい、予見や 予知って、前もって放つ事、その情報によって、命拾いする人は、本当にいるんでしょうか?とか想ったりするんです。宇宙とか地球は一つと 言う意味は、結局、自分だけでなく、他者も一緒という意味はわかりますが、この他者と言うのは、死者も含む 他者なんですよね。つまり、苦悩をもつ 他者が一人でも、いれば、生きてる生者は、幸せは訪れない、宇宙観なんじゃないでしょうか?と思うのですね。

なんだか、今日は、異様に、色々な暗示が入ってきて、、、、知り合いのメイルの内容も、沢山の 暗示を含むので、 色々考えていたら、疲れてしまいました。

そういえば、今日は、12月8日なんですよね、西洋宗教のキリスト教では、 聖母マリアの無原罪のお宿り と日本語には訳されてしまうのですが、、

そう言えば、このサイトで何方か?この原罪=現在と、音遊びされて、思わず、読んで、椅子から、転げ落ちそうでしたけど、、、ラテン語の音素の 原罪の意味は、音が大変大事なんですよね。

そのように発音させる意味があり、そのように 意味を伝えていく、、という 事で 表音文字として、アルファベットが存在しているのですね。 母音は、フランス語の場合、
16,17あったと思いますが、、音は、子音で 響音は しないと思うのですね。お経でも、母音で繋いでいきますから、、、、音を 空間に、長く放つと、母音を 放っていますよね?

般若心経は、確かに、手短なお経なんだけど、国民的なお経と普遍化しだすという存在は、必ず、音が 関係していると思います。

音は、 日に立つ と書きますし、、、
仏教の国だから、般若心経が 何世紀も 存在してきた、、という意味ではなく、

般若心経が、 サンスクリット語の」音写だったからじゃないでしょうか?と思うのですね。

祈りの言葉<音>というのは、昔から 心や魂を奮わせる なんらかの 音によって、言葉を生んできた民族の 言葉の 起源は、それほど 違いはないんじゃないか?と思うのですね。

根は、RACINE ラシーンですから、同じ 土壌に根を生やすのが民族ですよね。この 根RACINE から、人種差別RACISMEラシズムが生まれますから、言葉というのは、単語が独立しているのではなく、全て、意味があって 生まれ、同じ語源や派生の単語が 歴史と共に、文化や人間の進化と共に、新しい言葉がうまれるのだと思うのですね。
なんだか内容が支離滅裂だけど、、

今日くらいは、少し、努力し嘘でもいいから、無原罪の意識に近づいてみたいと想って 記してみました














  • posted by 千春 
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  • 2012.12/08 23:19分 
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NoTitle 

魂は果てしない無の世界に往き、残った念だけがこの次元に残滓の様に留まっているんじゃないかと思います。
「念には念を入れよ」という言葉の意味、もしかしたら無念にも亡くなった人々へ、念を込めて祈れという意味かもですね。

そう考えると「救われない魂」なんてのは無くて(既に無の次元に移行済み)、生きている私たちは念(感情)の次元にこだわってそっちに引っ張られ続けるよりも、「魂はもう無の世界に往っておるのだから、残った念も成仏しなさい」と祈るだけで良いと思うのですが、間違っているかも知れませんが。
  • posted by ジェロニモ 
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  • 2012.12/09 14:40分 
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12/8って 

12/8は歴史的特異日と言われたりしているそうですね。成道会(お釈迦様がお悟りを開いた日)。第二次大本事件。真珠湾攻撃。力道山刺される。ジョン・レノン暗殺。もんじゅ事故・・・。
無原罪お宿りと成仏が同じ日だったとは。そういやエル・グレコの傑作「無原罪のお宿り」が来阪してますがいまだ観覧できず。

地震については私も被災者だったのでついついどんな兆候が出てるか調べてしまいますが、方々の市民観測家のデータ解釈を総合するに今回の三陸沖M7.3は余震というより前震という感じ。まだ抜け切らず兆候続いてますからね。個人的には笹子トンネル事故前日にいつもより深い位置で道志川断層が動いていたりと、いやさかさん同様に神奈川~山梨あたりが徐々に活気づいているのが気になりますね。
  • posted by marisol 
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  • 2012.12/10 12:09分 
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音(おん)には意味があります。
「あー」も「やー」も国によってカバーする意味が変わりますが、下向きに読むか上向きに読むかでまたニュアンスが変わりますね。バカにしたように言う、感心して言う、茶化して、という心の変化も反映しますから、一音と言えど複雑怪奇。

火は嘆いていると思います。
人の世にあるばかりに、人を殺め、人を苦しめることを。
水も風も土も石も太陽も月も、自然のあらゆるものが、「自分さえいなければ」と考え苦しんでいます。

でも一部の人間は、自分がいるから、火があるからこの世は回ると思い込んでいます。
別に、人のために用意されたわけじゃないし。人はいつどれを召し上げられても生きていけないのに、口先だけの感謝かもっともっとの要求。

私は最近、組成が変わったらどうなるのか考えています。
原子が同位体にすりかわったら、果たして人類は生きていけるのだろうか、と。
言葉のアクセントやイントネーションを変えただけで誉め言葉が侮蔑に変化する。
ならば、原子や電子レベルで操作が行われたなら、セシウムの被害は恐るるに足りなくなり、サリンが無害化するのかも。
逆にいままで体に良いとされてきた何かが、人を蝕むようになり、…ということまで考えました。

これはもう、そうなっているのかもしれません。
  • posted by にお 
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  • 2012.12/10 13:48分 
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りんごの木 

12/8に保土ヶ谷のビルで母親と息子さんが火災で亡くなられたニュースがありました。
http://news.livedoor.com/article/detail/7215847/
保土ヶ谷はホトとのことですが、ニュース映像でビルにはangeloとりんごの木というお店があるようです。矢花さんという名前が珍しいと思ったのですが、この苗字は安曇野市明科七貴が本拠とか。七貴地区の産土神は高根神社のアヂスキタカヒコネ。
二荒山の太郎山はアヂスキタカヒコネで本地仏は馬頭観音→馬の神様→ネプチューンは水の神でアパームナパートや水中の神聖な炎に関連性があるとされていますね。

りんごの木といえば作家の開高健氏が「たとえ明日世界が滅びるとしても今日あなたはリンゴの木を植える」という言葉を色紙などに書かれていましたが、氏は釣り好きでアイザック・ウォルトンの釣魚大全にある言葉study to be quiet おだやかなることを学べも引用されていますが、この言葉は新約聖書からのもので最後の審判が近いといわれ人々が慌てふためいている時に聖パウロがみんな落ち着くようにと書いた手紙に出てくる言葉だそうです。quietは騒ぎや恐怖を静める、やわらげるという意味でもありますが、釣魚はえびす様ということで開高氏の命日12/9になんとなくメッセージのように感じました。
りんごの木・・endとeden?

鉄のカルマ・・インドといえばデリーの錆びない鉄柱は日本に伝来して九頭竜大神となった蛇の王ヴァースキの首に刺さっているとされていますよね。
こちらのブログはいやさかの木さまが事象を歴史的事実や神話など幅広い知識や深い洞察力で読み解かれていく稀有なブログだと思っています。思ってもいなかった新しい視点が広がります。
以前西遊記、玄奘三蔵、夏目雅子、白血病などのワードがありましたが、私は夏目雅子さんというと命日は9/11、ひまわり、映画ひまわり、ウクライナという感じでした。映画のひまわり畑の下には敵も味方も兵士も民衆も同じ大地に眠る鎮魂の花でもありました。
  • posted by Link 
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  • 2012.12/11 00:55分 
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先日、群馬で火砕流の中武装している男性の遺跡が発見されたと報道がありました。
この報道で何か思うところはありませんか?もしあればご参考にご意見お聞かせくださいませ。
個人的には火山の噴火が大変気になっています。福島には吾妻山、磐梯山など火山も多いです。
  • posted by 福島っ子 
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  • 2012.12/11 10:42分 
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ル、ネッサンス=再生 

そういえば、10月8日、山中教授のノーベル生理、医学賞受賞のIPS<多能性肝細胞>ニュースを見ていて感じましたが、数年前日本人の母親とドイツ人の父親の娘さんとご一緒させていただいた事がありました。

パリの地下鉄に二人で乗っていた時です。

目的駅までの時間途上の出来事でした。ある駅に停車すると、突然その方が、「WHAT HAPPEN ! 」と、言うので、「 何が、what happen なのか?」回りをわたしは、見渡すのですよね。

急に,一人で何を言い出すのか?と思い、彼女の視線が向かっている方向を見たら、停車している地下鉄のホームにある、駅名を凝視しているようだった。

私たちは地下鉄3番に乗っていたのです。オペラ駅に向かう手前の駅に停車した時、「4 septembre」 キャトル セプテンブル という名前の駅に停車「9月4日 ~」という名前の駅がパリにあるんですね~、^ ^、日付を駅名にしているのは、パリでは、その駅だけと思うけど、、、、、
彼女は自分の誕生日の駅がパリにあるので、驚いたんでしょう。

その時からなんだか、新しく知り合う人達は、、9月4日生まれの人が増えてきたので、何か?あるのかなぁぁ、、と思っていたのですね。

ざっと数えても、常に6,7人は回りに居るんですよね。。又去年ご縁があり知り合いになった日本女性の方も9月4日生まれだと、仰るので、「わたしの周りには、9月4日に関係する人がとても多いんだけど」、、と話しました。
その彼女は、介護ヘルパーさんをしていらして、<わたしが、9月4日生まれの人が多い>、、という話を、思い出し職場の皆に聞いたらしいですよね。

介護ヘルパー協会は、14人しか居ない少数です。と仰って、町の老人介護のお仕事してらっしゃる。ところが、14人中4人が、9月4日生まれだったと2ヶ月前に話してきました。
すぐ近くに住む親戚の子供も9月4日生まれいますし、2ヶ月前、赤ちゃんが出来てお母さんになった方もいるのだけど、なんだか変なんですよね?

3年前に,ミカエル大天使が出現したモン,サン、ミッシェル初めて訪ねたのも、バスがその日しか空いてないと言われて行った日も
9月4日だったです。
よくわかりませんが、ミカエル大天使は708年10月16日出現ですね。
夏目雅子さんの命日が、9月11日というのは、
最近知りましたけど、亡くなられた時刻が、10時16分とWIKIに書かれてありました。

美しすぎる殉教者のような人生でしたね。
話しを元へ、、そのパリで地下鉄の事があってから、、何故か?グレコの受胎告知が頻繁に目の前に 降りるんですよね。
考えれば、エル、グレコの受胎告知<annonciationアノウンスィアシヨン>が倉敷にあるのは、本当に不思議ですよね。

神がかり的な後押しがあったのでしょうね。買い付けた児島虎次郎の奥さんは石井十次の長女だそうですし、十次という名前も不思議ですが、救済の為孤児院を最初に建てたり福祉の父と呼ばれたそうですね。名前って、意味がありますね。
その時を待って、受胎告知が目の前に現れた、という感じでしょうね

。チャンスというのは、本当に、待ってては、こなくて、いきなりこちらの無意識フイをついて、現れるみたいな 感じなんですが、どうも霊的指示を含む芸術品や文化品って、その人に買われるのを待って、大陸に渡る意味<存在の意味>があるんですよね。

そのエル、グレコの無原罪のお宿り<L'Immaculée Conception リマキュレ、コンセプション>が、大阪に来ているのは知りませんでした。
何か暗示があるのかも知れません
アルファベット圏は、存在の意味を伝える、、という生き方<存在の仕方>ですから、何故?今生きているのか<生かされているのか>?という存在の意味が必ず、どの魂にもあると思うのですね。
そうしないと死のヱタップを越える時どうしても、現世にしか意味が持てなくなると思うのですね。

無駄な死にはさせない、後世代の生かされる意味に繋げられませんから、他者<死者>はある意味、同居している生者以上に、常に存在の意味を 死後、訴えるでしょうと思うのですね。

そういった意味で、旧日本軍の死者の魂は浄化されているのか?お聞きしたいと思いました。この問題は、もう少し考えて見ます。

その人達の死を無駄にしない、という立場に立たされるのが後世代の人たちの生きている<存在させられる意味>なんでしょう。

ただ、後世代の人達が、過去の経験や体験悲しみにくれるまたは情や感情又は祈る、あるいは神域に通う、わたしも、ここ数年は、今までに無いくらい神社仏閣、神域に頻繁に通うのですが、時々、私自身の自己満足ではないか?とも感じるのですよね。

本当に、心のコミュニケート本音を一人、一人、聞いてあげるという事でもしないと、彼らの苦痛はとても紐解けないと思えます。

自殺者の魂を交霊して背負うと、まず霊媒者は歩けないらしいですし、そのような画像も、YOUTUBEでは見れますし演技などではないですね。

それくらい心に苦悩を持つというのは、大変な事だと思うのです。

わたしも 朱印張をもちながら、日本列島横断し、教会も訪ねますし、高千穂から戸隠まで、神話の通り訪ねたりするんです。
でも、それだけでは、とても間に合わない気がするんですね。

時々、高い神域層に存在する人達は、そのままで良いと言いますし、意味が分からない訳ではないのですが、人によって、存在しようとする層というのか、次元が違うというか波動が違うというか、心が通じるコミュニケート層が違うのだと思うのですね。

でも、言える事は現実的で唯物論に偏重しだすと、苦悩を増す世界にますます変わっていると思います。
と言う事で、最後はオプティミストで閉めたいのだけど、
再生=ルネッサンスの動きは、頼りないのだけど、此処、2,3年9月4日生まれ数字が、多いのですよね。日本語ではなく、アルファベット音素で意味繋いでいるかも知れません。山中教授も9月4日生まれですし、ヒョットするとヒョットするかもです。


  • posted by 千春 
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  • 2012.12/12 07:10分 
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白馬黒馬 

伊勢斎宮跡の近くに竹神社がありますが、ここには斎宮での絵馬をかける行事での絵馬を寄贈され神宝となっています。
能の絵馬は老翁が白馬のを、姥が黒馬を掛けると競い合いますが、一つだけ掛ける習いの絵馬を二つ掛けて国土安穏を祈るというものです。
今年丹生川上神社下社では東日本大震災と台風12号災害の復興を祈って約560年ぶりに晴乞いを祈る白馬を使った神事が6/1に行われました。丹生川上神社上社では10/8に約570年ぶりに五穀豊穣を祈る降雨の黒馬献上祭。
丹生川上神社中社では白馬と黒馬、2頭の献上祭が10月16日に570年ぶりに行われたそうです。いやさかの木様はこの馬の神事の復活の後に行かれていたのですね。

大阪のエル・グレコ展も10月16日から開催されているようですが、エル・グレコといえばトレド。トレドは鉄製品などの町でもありますが、奈良県と1972年9月11日に姉妹都市となっています。奈良市二名公民館近くにトレドの森を設けスペインからオリーブの木を植えたようですが枯れたと思っていた木が、今年3つの古株から新芽が出ていたそうです。
今、新芽と書いて神馬と変換されました。

キリスト教にペンテコステという聖霊降臨日がありますが、聖霊降臨の絵といって思い浮かぶのがエル・グレコの絵です。
ペンテコステとはギリシャ語で50番目に由来しています。
元々ユダヤの過越の祭から50日目(7週の祭 49日を経過して50日目)というものですが、キリスト教の聖霊降臨日は復活祭から50日後に祝われる祝日です。
  • posted by Link 
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  • 2012.12/12 20:14分 
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コリンチャンス(コリント人)も来てますが 

サッカー南米王者のコリンチャンスが来日してますが、このチーム名って「コリント人」のことなのですねぇ。
コリント人とくりゃパウロの「コリント人への手紙」を思い起こすってもんですが。第一の手紙の13章「愛の讃歌」、15~16章「死者の復活」なんかキリ教の骨子ですね。
インドヨーロッパからヘブライから地中海から・・・世界中から日本に何やら届いていますね。
エル・グレコはもちろんだが荒川修作のDVD「死なない子供」も見たいなぁ。不自由が自由を生む。人類の(意識の)限界点の打破。復活とか再生とも結局共通するのですが。


>踏ん張りましょうね。

いやさかさん、エールありがと!
とにかくワタクシ事レベルではあまりにもイザナミの型踏みすぎてて嫌なんですよ~。早産で生まれたのがカグツチっ子(=ヒルコ?)でして育児に苦心惨憺ついに鬼婆化したワタクシです。そうか、有馬温泉の病院に担ぎ込まれた時にもう黄泉の国に入ってたんじゃん、私。ご丁寧に訪問看護師「鬼」さんから毎月報告書も来るし(苦笑)。現在はヒルコ(廣田/西宮神社)の神域住まい。そもそも2/11に入籍なんかするんじゃなかったか、その前の淡路島散歩(自凝島神社~イザナギ神宮など)から既に・・・神武事象に黄泉のイザナミ復活劇に、どんだけ取り込まれてるんでしょう。もうお笑いですよ。こんな役演じるの早く終わりにしたいなぁ。どう演じると上次元もっていけるんだか(=解除)?まぁ、正月旅行は石川県で白山姫神社とか那谷寺行く予定なので、菊理姫のとりなしで丸く収めてきたいところです。かつて仕事で白山周りはよく行ってたのですが、白山媛神社は初めてです。(黄泉生活3年目。このタイミングか、やれやれ)
いやさかさんも良い年越しを。
  • posted by marisol 
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  • 2012.12/13 01:15分 
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どの方向に、視線を向けるのか? 

こんにちは
マヤのカレンダーからしてみると、今日が皆さんと最後の 日だそうですよ<笑>

よって少しだけ、宮崎駿氏の苗字って、何故 宮崎なのか?色々考えてしまいました。アニメのインスピレーションって、宮崎県と同じ苗字を持つのと神話と関係深い県と、、関係あるんじゃないでしょうかね?

ところで、宮崎氏の フランス好きは 何かの記事で読んだ事があって、特に サンテクジュぺリが好きなんですよね。

紅の豚 というアニメを見ていて、 サンテクジュぺリが 本当に好きなのね?と、思わされました。

私も、未だに、一番好きな本は、「星の王子様」ですから、類似な感性を持つ人間同士なんとなく、アニメみていると、なるほどな!、、、と自分も一緒に なってアニメ造っている追隋体験しているような感覚をもつんです。、

宮崎氏、会った事もちろんないけど、なんとなく、通じ合える感じがするんですよね。

サンテクジュぺリの最後の飛行目的は、地中海から飛び立って、アルプス山間へ飛び、イゼール県、サヴォア県の 上空から、写真を撮る為に飛び立ちました。

帰途途中、地中海に落ちて、帰らぬ人となってしまいました。ちなみに、サヴォア県は、十字架を県旗にしている元サヴォア公国です。命日は、7月31日です。
1500年代ザヴィエルと、パリでイエズス会を発足させた、「モンマルトルの誓い」と呼ばれる7人中のメンバーの一人イエズス会の初代総長となったイグナチオ、ロヨラ聖人の命日と同じなんですね。

サヴォア公国出身の ピエール、ファーブルはフランス人としてはひとりだけです。イエズス会は最初7人の聖職達が立ち上げたのですが、この聖職信者達は、今でいう霊能者なんですよね。

サンテクジュペりに関しては1990年代に 生まれ故郷の リヨンにある 空港の名前は、数年前に、サトラス空港から、サンテクジュぺリ空港という改名されました。

空港の名前が 飛行機操縦していて、飛行機事故で亡くなった人の名前は縁起が悪いという考えは、フランス人には全く皆無なようで、むしろ、生き方しか問わないようなんですね。ところで、世界で出版されている本で、100カ国の言語に 翻訳されていて、一番売れている 本は、聖書だそうです、2番目が、マルクスの資本論、3番目に、サンテクジュぺりの、「 小さな星の王子様」の本です。
この本が、何故これだけ、世界中に普遍的な存在として、愛されているか、、、宮崎氏の アニメにも通じる類似のインスピレーションがあると思うのですね。

最後に、わたしが、一番好きな、サンテクジュぺリの言葉を記して、地球終末論を超越したいと思います^ ^


「 愛することは、 お互いを見つめあうことではない。それは一緒におなじ方向を見つめることなのだ」

サンテクジュぺリ
  • posted by 千春 
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  • 2012.12/21 09:54分 
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Re: 麗しの島・台湾 

「チャンピオンたちの朝食」で、物語の中に降臨したヴォネガットが持っていたのもリンゴです。
調和のシンボルですね。

台湾についてはあまりブログでは触れてませんが、
つながりは大ありでしょうね。
高砂族と名づけたあの時代から。

というか、ニライカナイは台湾までつながっていたと僕は考えています。

少なくとも構造からして、日本列島と台湾はつながってますよね。
2009年には、台湾と伊豆の伊東の地震連動も起きています。

 ⇒http://amanohitukukami.blog28.fc2.com/blog-entry-179.html
  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/28 01:49分 
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Re: いよいよ師走になりました。 

第二の太陽の船が選んだ岸です。
来年の歌会始は「立」ですから、
安倍政権にはちゃんと御柱祭の柱立てをやってほしいです。

もう木落しの激しさも、
御頭祭の御贄柱もいりませんよね。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/28 02:07分 
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Re: 三輪山 

はっきりいって、08年8月8日に八雲の図を見て以来、
僕は88事象にさんざんなんですよ。
いったいどこまで・・・ってくらい。

ですが、今回は再生の木が示されましたからね。
丹生川上神社中社の叶大杉にしようかとも思いましたけど。
なので、この三輪山は、前回の鶴岡八幡の再生祈願祭の大銀杏とおなじ、
というか一歩すすんだ、再生の木としての三輪山です。


外宮ですけど、僕もおなじ体験をしましたよ。
涙が出るくらい、やさしい風でした。
うれしかったなぁ。

余談ですが、伊勢の猿田彦神社からまちがい電話があったんです。
お祓いの予約確認の。
あら手の販促か?
でもまあせっかくだからお祓いしてもらいに行くかと(笑)。

で、お伊勢参りから帰ったら、とたんに能登半島地震。
いま思えばそこからでしたね、このブログにいたる道筋ができたの。
2007年の3月です。
まあそれがよかったのか、どうだったのか。。。


つたない文章から、いつもきちんと意図を読み取ってくださってありがとうございます。
こちらこそ感謝です。
コメントからフワリとしたいい風のようなパワーいただいてます。
それがどこからくるんだろうと思ってたら、
誕生が再生だったんですね。
なっとくしちゃいました。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/28 03:04分 
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火と水 

こんにちは
いよいよ、2012年も終わりですね。
ブログの書き込みの流れから外れるかもしれませんが、
火と水について、もう少し追記してみたいと思うのです。

火は、精神の事だと思うのですね。ヴァレリーという哲学者がいますが、

「ほぼいたるところで、ひとびとの精神の中には、注意集中と模索、予期せぬ光明よ闇夜、即興と試行、あるいは性急な繰り返しが見出せる。すべての精神の根元には、火と灰があり、分別と無分別、方法とその反対、無数の形をした偶然がある。」と詩学序説では述べています。

日本は、島国という 環境を考えると、水に囲まれているので、他の地球を成す元素に比べ水という元素に感応しやすいのかもしれないと思った事があります。

日本語で話していると、日本語的な表現にもよく、外国語にはない 表現の仕方に 気がつかされるのですよね。

よく、人間感情問題が起こると、水に流して忘れましょう、とか水に流して、元の仲直りの状態にしましょう、、、とか、の表現からもわかりますが、感情や情は水と常に、関係深いのでしょうね。

例えば、二人の間にある諍いが起きて、仲直りしようとする時、お互いの問題は 火に燃やして、忘れましょうとか無い事にしましょう、、という表現はしませんものね。
そういう表現が他の民族はするかも知れませんけど、とりあえず、日本語を話す 民族の感覚には、違和感を感じると思うのですね。

ただ、水が、人間の情動と密接な関係を結ぼうとするならば、火は、心とか情動ではなく、 むしろ、 精神に近いと思うのです。

精神は、スピリチュエルですが、日本では、ここ、15年くらいスピリチュエルという言葉がよく 聞かれますが、アルファベット圏語では 別に新しい意識ではなく、元々、エスプリとかスピリチュエルという 意識は 、聖書にも 書かれていますから、新しい意識ではなく、心情や感情とは別の事で、次元と関係しているのですね。

4大元素の、水、土、空、火の中で、 火以外は、安易に手中出来る元素ですが、火だけは、 人間が行動を起さないと 手に入らない元素なんですよね。
人間の心が火を扱うのではなく、人間の精神が 火を扱うとか接するという捉え方でないと、大変な道を歩んでしまうと思うのです。
再記になるかも知れませんけど進化
レヴォルーションという単語は、ただ革命 という漢字表記ではなく 「再革命」 という単語の意味が正しいと思うからなんですよね。 REという再度という意味と、発展とか発達、進化、という意味の EVOLUERヱヴォルヱという意味の単語が、二つ
RE+EVOLUER で、レヴォルーションという一つの単語なのですが、会話の意味を調べると、平民が権力を手中している 上の 位の権力者に反抗したり、体制の反転を 起す、という意味の解釈ではなく、元々の意味は、
天体の回転、公転、周期を revolution レヴォルーションという単語を使うんですね。

過去、現在未来へと、時間を進める為に、地球は公転しているので、地球の上に、生きる、人間行為はレヴォルーションという<再革命>に至るという結果に導くのでしょうと思います。民衆や大衆が生活に不満を感じたから、革命を起した、、という 原因追求ではなく、何故?そのような途上や歴史を展開しているのか?という懐疑視点に立たないと、随時、随時目の前の現象だけに 心を動かされてしまうと、スタンスの 長い方向性を観ようとする精神力はうしなわれて、いつも、扇動運動の流れの中で、アップ、アップしてしまうと思うのですね。

火山国の日本が火に 近い場所でしかも水に囲まれているという条件の中で、個々人がどのように、自然のエレメントに感応し、呼応しているのか、色々違いがあるようなんです。

そういえば、桜島に近い民衆が、歴史途上見ていると幕府転覆を図ったり、、個人的にも歴史上語られる人物の出自が多いのは、爆発する桜島からエネルギー感じているんでしょうかね?

一見変わった、特別な精神や思惟を持たされる人達が多いですよね。


個人的な経験ですが、実家の住宅地の道を歩いていて、「不審な人を見かけたら、110番」という看板が電柱にくくりつけてあって、 自分の中で、110番を無意識に、「ひゃくとおばん」と読<呼>んでいて、驚愕というか、驚いてしまいました。
前から、 何故?十=10なのか?、、懐疑している自分がいるので、 十<じゅう>を 「とおう」と 無意識に読む自分がいるんですよね。

119番は普通に「ひゃくじゅうきゅう」という音素ですからね、、10と書かれてあっても、「とおう」と無意識音素を空に放っている自分に気がつかされて 驚いてしまったんですが、、こういう視点に驚くのも、わたしの先祖が薩摩に住んでいたという 何かの呼びかけなのか?分かりませんが、、、フロイトという精神分析学者は、人間の70パーセントは無意識(潜在)行為だと云ってますから、自分で気がつかない日ごろしている事に気がつかされる、、という事に新たな発見があって、面白いのですよね。

話しを元へ、、
110番は警視庁発信の看板だった訳なんですよね。今まで十<十字、クロス>と日本の土地を歩くと 法が、わたしの中で結びつかなかったので、驚いてしまったんですよね。4大天使ミカエルは、火が支配エレメントですが、 裁判所にもミカエル大天使の象がヨーロッパは立っていますし、法務省の紋章は ミカエル大天使の 持つ秤です。死後、、肉体を抜け出た魂を、秤に乗せて、善悪をはかるという役目を担う、法の大天使なんですね。
そういった意味で、火=精神のエレメントの存在と 水=感情、人情の存在をどのように、租借しながら 、精神的に進化をし続ける途上に 存在していると思うのですね。4つ足であるいていた類人猿が2本足で立ち歩いたから、進化は終わっているという考え方は、宇宙や天体の 公転や回転を レヴォルーションと呼ぶ、という意味使いから考えても、自然な解釈ではないですものね。

そして自転している限り、時間は一時も、停まらないはずですから、、、それに、時間の 時は、日に寺と現して、時という字なんですよね。 表意文字って興味深いですね。
  • posted by 千春 
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  • 2012.12/29 17:57分 
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Re: つくづく思う事 

霊的な世界のことはわかりませんが、
現地にいってきちんと供養してくださってるたくさんの方々がいらっしゃいます。
頭が下がります。

ただ、もし僕らがちゃんと過去の清算を終えていたとしたら、
これほどヒロシマを想起させるかたちでフクシマは起きなかったはずです。
いや、66年後のフクシマは、ぜったい起こり得なかったでしょうね。
そのことだけはほんと多くの人にわかってほしい。

いま次の記事に書いてるとこですが、
日高見にむかった神武東遷事象の軍列には、
兵隊さんはもちろん、銃後の子供たちや母親たちもくわわっています。
なぜ東京大空襲とおなじ日に、鶴岡八幡の大イチョウが倒れ、その再生祈願祭の翌日に、東日本大震災がおき、フクシマが発生したのか。

東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイは、
のちに空軍参謀総長として、ケネディ大統領に「キューバなんかフライにしちまえ」作戦を迫ります。
もしケネディがGOサインを出していたら、いまごろアメリカは十数発の核ミサイルの被爆国でした。
空軍首脳部の確かな情報に反して、キューバはすでに核ミサイルの配備を終えていたからです。

そんなルメイに当時の佐藤A作内閣は、宮内庁を無視して勲一等旭日大綬章を贈ったわけですから、
どこまでマゾなんだといいたくなる。

で、そんな佐藤A作がノーベル平和賞を贈られたわけですから、
世界もイカレてますね(笑)。


  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/30 01:32分 
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Re: NoTitle 

ちなみにタマ(魂)とシイ(魄)って考え方もありますね。
タマは宇宙由来、シイは地球由来。
念は後者でしょうか。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/30 01:49分 
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Re: 12/8って 

さらに大月トンネルに、伊東の88の大型冷凍庫事件。
富士も88のお山。
その周辺で、竹の世の子と月、さらには九頭竜湖につづく大型冷凍庫。
火山噴火で寒冷化しなきゃいいけど。

大本では12月8日の仕組といってるようですね。
第二次大本弾圧の日でもあります。
スサノヲを演じた王仁三郎のとっつぁんは、最後はツクヨミとして月に帰ります。
この辺がどうでますか。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/30 01:59分 
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Re: タイトルなし 

ナウシカの世界ですね。

そこまで変われば、人間がいまの姿である必要もなくなるかもしれませんね。
体より、心を入れ替えたいものですが・・・。

  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/30 02:10分 
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Re: りんごの木 

ありがとうございます。

夏目雅子さんは9月11日でしたか。
ほんとうに、いろいろなことがつながっていますね。

アヂスキタカヒコネといえば、アメノワカヒコ。
タカミムスビの矢。
つまり高木神の矢。
古来木に矢を射て戦勝を祈願したのは、この故事に関係するんでしょう。

笹子トンネルの笹子峠にも、矢立の杉があります。
そして、矢花というお名前。
12月8日というシクミ的な日付。

矢立の杉の矢は、12月12日に北朝鮮のミサイルとなって事象化します。
ヒルコ出産の号砲、打ち上げ花火だと、僕は判断しました。
高木神の矢が、僕らに向けられるのはカンベンですが、
現時点では、どうもヒルコ出産は核ミサイルとつながってしまう。
現実的には考えにくいですけどね。

ヒルコは流されたわけですから、海外?
ネプチューン⇒アパームナパートの線からいくと、イランかインド。
とくにイランが浮かび上がります。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2012.12/30 02:38分 
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12月8日 

ノーベル平和賞を贈られたわけですから、
世界もイカレてますね(笑)。


そういえば、同じノーベル賞でも、平和賞ほど、地球人にとって訳が分からない賞は、他にないでしょうと思うのです。

マザーテレサは、分かりますけど、何故、? オバマ大統領なんでしょうかね?

他の大統領と変わらず、職務を普通にこなしていたとばかり思っていましたけど、、、


世界は、訳がわからない調子なんでしょうと思います。

哲学的な意味の真理とする価値は、なるたけ、自分と違う多数の人達へ、浸透する普遍性があり、誰が考えても、妥当であると、思わされる、同一、同種の意見に納得させられる、、、という、、大多数の人達の 心にストンと落ちる納得性を持つ考えが真理であろうとするものなんですけどね、、

そうそう、12月8日は、西洋では無原罪のお宿り、immaculée Conceptionイマキュレ、コンセプションですけど、 1941年12月8日の日曜日に、真珠湾攻劇へと、導いてしまい歴史を造る原因は、真珠湾攻劇の 為の演習は、薩摩湾で、演習されたそうですよ。真珠湾と薩摩湾が似ているそうなのです。

ここら辺、津軽と薩摩が地形として似ている感じをもたらされる 感覚、、、、
何か複雑な接点があると思います。

なんでしょう?

ハワイは、去年何故か?行くはめになって、行ったんですけどね、、招待だったので、仕方なく行きましたが、

何故か?あまりよく知らない人の結婚式に出席しなくてはならず、という感じでしたけど、、
何かのメッセージだったのかなぁぁ、、?

東西ドイツの再統一の記念日に」結婚式、ハワイというのが、、何だか、不思議だったのですけど、、

ベルリンの壁が崩壊した日が、11月9日ですから、<ちなみに西洋表記は日が先で月名は後です、9th NOVEMBER>、

全部地中では繫がっているんでしょうね。孤立して存在しようとは出来ないんですよね。地球上に生きていれば、、、

過去に 向って存在しようとしているのではなく、未来に向って存在しようと生かされてるのだと思うのですね。
霊脳者も過去世が 観えても、、もう普遍化の存在として無理だと思うのですね。世界が そのような事に価値を見出さなくなっている動きはよく感じます。
どうせなら、未来世でも観て欲しいです、、^^
現世を生きる一般の人達の価値の物差しに合わないでしょうけど、、、

  • posted by 千春 
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  • 2012.12/30 06:28分 
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NoTitle 

いやさかの木さん今日は、ご無沙汰しております。

今年は何故か「キリスト」に縁が有り(私の誕生日に私の隣に越して来たのです、エホバの方が、私はその家の家主です、敷地には2本の銀杏の木が在り昨年は木と木の間にツリーハウスを作りました、まさかツリーハウスがものみの塔になるとは思っても見ませんでした。(笑)

千春さんの書かれた言葉、はっと致しましたよ。

「 愛することは、 お互いを見つめあうことではない。それは一緒におなじ方向を見つめることなのだ」

サンテクジュぺリ

このところキリストさんにかなり感化されていたのですが、クリスマスが近づくに連れて「ホツマツタエ」がどうにも気になって仕方が在りませんでした、どう表現したら良いのかは判りませんが「十=あん」よりも「土=あやわ」の方が私に合っている、サンテクジュぺリ の言葉のように「神様と見つめ合うよりは神様と同じ方向を見つめる事」じゃないかと。

「ホツマツタエ」が伝えたい事は「トのヲシテ=トは整うるヲシテなり」で神様との関係を整える、今までは「神様を理解する=向かい合う=自分を無にする」事につい力が入ってしまっていたのですが「神様と同じ方向を見つめる」ならば私の個性(自我)は方向を変えるだけで役割になる、いやさかの木さんが書いていたナウシカ、「体より、心を入れ替えたいものですが・・・。」私の場合は、心を入れ替えると言うより「心の向きを変える」、日月神示に有った「磁石の針が同じ方向を向く」様にと言われた気がします。

変な話ですが「磁石の針は、神様の方向を向く(神様を中心に向く」と思っていたのですが「神様が向いているのと同じ方向を向け」随分と遠回りをしました、読み直してみると初めからそう書かれていた様にもとれますが中々納得出来ませんでした。(究極の中心は太神(すの神様?)なので同じ事なのでしょうがちょっと違う?。

今年は「神様の方を向け=神様を学べ」でしたが来年は「神様と同じ向きに歩め」になるのでしょうか、見えない神様と見える神様「有・無」くみ組みて歩む神の道だと良いですね。

「ホツマツタエ(親神)」は道(満ち)を踏み(文)、「キリストの父なる神」は「神=ロー(法)労(労働)、ロード、道をゆく」根っこは同じみたいです、表現が違いますが。

千春さんは「ち、血、地、知 はる、張る」さんですから「循環や真理で満たされている」のでしょうね、私のネーム「shibuchin=しぶちん」は始めて就職した時に職場の「福島」さんと言う先輩が付けてくれたものです、しぶちんは名前からなのでしょうが意味は「ケチ、金銭などを出し惜しみをする人」ですよね、がっかりするくらいそのまんまの性格です、友達には「安物買いの銭失い」とも言われました、せこいです、来年からはネームを変えた方が良いのでしょうか。

神様に御縁が有った様のも「お前は人より遅れているから手を貸しているんだぞ」でしょうね。

今年も皆様有り難うございました、来年はきっと良い年になると思いませんか。

ちなみに12月8日と言えば「ヒノデハヤマガタ」真珠湾攻撃の暗号ですが、山形県に住む私としては気になる日付ですね。
  • posted by Shibuchin 
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  • 2012.12/30 13:59分 
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星の 王子さま 

こんにちは

聞くところによれば、ヨーロッパ大陸を歩いていると、お稲りさん見かけるそうですよ。

想像するとなんとなく、面白いというか、おかしくありません?
外国居るのに、歩道歩いてすれ違う、体格一回り大きくて金髪で、目青くて、
アルファベット語の言語話しているのに、上層に あの伏見神社の正門にあるようなお稲りさんに見守られているというのが、、、、、本人達の自覚、無自覚関係なく居るのが、観える人には観えるらしいんですよね。、、想像すると、なんとなくおかしいですよね。

同じ事は、もちろん日本という土地にも起こるのですよね。
例えば、誰が見ても、国粋主義者のような人がいたとします。
ところが、サンポール「聖人ポール」の姿がだぶって観えたり、、、そんな事ある訳ないと学生時代黒の詰襟着て頭に日の丸のハチマキ巻いて、一生懸命日本の国の事思ってガンバッテいたと自分で思ってても、自分は生粋の 大和魂を持つ、純日本人だ!と思っていたとしても、、、、

観じる人が何人も居て、同じような 聖人の名前を、知らない人達が何回もあちこちで言われたりするのですよね。

こういう話を聞くと、笑い話しになってしまうのだけど、その人の子供(娘)が、大きくなって外国人と結婚して、相手の名前がポールだったり、、、、あるんですよね~、、そのような話を聞かされるんです。

人生あちこち移動し長く生きていると、色々な不思議で面白い話を聞かされるので、神様のいたずらも手が込んでいるのねぇぇ、、でも、ほんのり、温かいもの感じるんです。

で、、
結局、どうして、こういう事が生じてしまうのか?という事を考えないといけない時代に突入してしまっているようなんですね。
考えると、死後の世界、霊界世界も帰国子女が多くなってきたんでしょうと思います。^^
大陸を渡って、何世紀も彼方此方子孫残して、何百年後に ある年日本という国に生まれる魂という存在は何か?意味があって生まれてくるのか?と考えると、未来の架け橋の存在、途上の存在として生まれてくるのであったら、未来の架け橋を、渡さないとならないから生まれて来ていると思うのです。万が一西洋宗教の土地で生まれた経験があれば、すでになんらかの潜在意識が呼応すると思うのですね。
それは健在意識での、信仰あるなし関わらずという事だと思うのです、、というより、そのように考えないと実際目の前で起こる、個人の人間の行動や人生の展開の辻褄があわないのですよね。
これは本当に、面白いんですよ。自覚出来ないんですから、、結局自覚して行為にいたるのは、仏教世界の言葉でいう煩悩の執着とか呼ばれる意識だと思うのです。

それはそれで良いのですけど、、そういう事を述べたかったのではなく、、、

どうして、そのような事が生じるのか?という懐疑視点に立つと、世界や宇宙は一つとか民族は一つとかね、なんだか、ありきたりの平和概念で申し訳ないけど 、、、そういった、ユニバーサルな倫理に落ち着いてしまうんですよね。 。
それと、サンテクジュぺリの言葉に、 意識の方向と 訳してありますが、
この 方向は、哲学的意味のフランス語のセンスSENSという単語を使うのですが、
センスは 日本語カタカナの 洋服のセンスが良いとかの 感覚が良いとか感性が良いのセンスSENS の意味です。
これ、驚きますが、この センスが良い、のSENSは、 良識の 意味の時も、 SENSを使います。

良いBONセンスSENSと書いて=良識という意味なんですね。

センスと良識は違うと思いがちですが、感覚とか感性というのは、倫理<人間性、真、善、美>観に関与しているので、感性は本当に大事だと思います。

芸術や美術の世界だけと思い勝ちですけどね。結局、人間世界での、立ち回りや役回り、他者の気持ちや心が分かるというコミュニケートなんでしょうと思います
多分センス<方向>持たないと、普遍性をもたない、存在性が世間にないのだと思うのです。

他者の心に存在性がないと云う存在の仕方は、孤立します。
結局、生き延びたり、子孫が永遠に 存続しようと思わされた時、最後は動物的なセンス<方向>が必要不可欠になってくる、、という意味だと思うのです。

ですので良識って、なんとなく、知識に近い意識ですけど、本当は違うんですね、方向SENSに繋がるセンスなんです。

他者に向かっている普遍的な愛の意識の 方向と解釈できると思います。どちらにしても広がりを持たない 世界観は、いくら一時人気があっても、すぐ廃れてしまう存在になると思います。

サンテクジュぺリという人は本当にすごい存在だったと思うのは、未来への存在出来る意識
愛の意識は、対峙<相対>意識ではなく、同じ方向(未来を観る)に意識を向けましょう、

同じ未来の方向をいつも観る、共同体として、存在し続ける事、、色々な神様も同じ方向を観てもらって(笑)宇宙一体感を目指す、歴史をかいくぐる事の出来る存在の仕方<方向>
というメッセージを、飛行機操縦しながら感じ取っていたから、星の王子様が生まれるんでしょうと思います。

この同じ方向を観る共同体として、愛の意識を育てる、、という点にリンクして、世界のアニメを造ったのが、実は、日本人の宮崎駿氏だった、、、とは、この展開の仕方も、神様が背中を押すなんらかの存在がなければ、実現出来ないんじゃないか?と思える 驚く世界ですよね?、、
ここら辺で、世界の神様達も進化をしていただかないと、、、、後がつかえて、、、しまうという状況でしょうか?、

フランスの高校の哲学授業(週8時間の履修です)で使われてた教科書、哲学講義、『精神としても人間のあり方』には、サンテクジュぺリの「人質への手紙」のテキストが 転記されています。
最後転記します。

人間への尊敬!
人間への尊敬!
、、、、、、それこそが試金石なのだ、、、・
私たちは、自分たちと異なっている人々をも、私たちの家族と認めるのだ。

それにしても、何と言う不思議な 血縁なのだろう!、それは過去にではなく、未来において結ばれている。

起源においてではなく、目的において結ばれている。

わたし達は、お互いを求める巡礼であり、
さまざまな道を辿りながら同じ出会いへと向かって苦労を重ねているのだ。
サンテクジュぺリ

  • posted by 千春 
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  • 2012.12/31 00:42分 
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NoTitle 

いやさかの木さん今日は、千春さん有り難うございます。
昨日コメントを書き込ませて頂いた後、夕方に茶の間を覗いてみたら何と「未来少年コナン」の第一話が放送されていました、私が高校生の頃に放送されていて毎週欠かさずに見ていました、その頃はまだ宮崎さんの名前は知らなかったのですがその後色々な作品でお世話になっております、サンテクジュぺリ繋がりでしたか。

日本のアニメですが、何故か超古代の先史文明の影響を受けて今の人類がある、そんなニュアンスの作品が多いのを長い事不思議に思っておりました、でも「今の人類に影響を与えた先史文明はどこから生まれたのか、例えば宇宙人が人類に影響を及ぼしたとして、その宇宙人はどのようにして生まれたのか」はあまり語られる事が在りませんでした。

でもよく考えてみれば私を造った(産んだ)神様が宇宙を造った(産んだ)とすれば宇宙人だって同じ神様が起源のはず、SF映画に出てくる程とんでもない違いは無いのかも知れない、でもエヴァの使途や電脳世界の様に「記号や情報のホログラム=夢や現も幻だ」も何だか違和感がある。

いやさかの木さんは、時々ふらふらと足(根っこ)が地面から離れそうになった時大地に引き戻してくれる様な記事やコメントが返って来ます、「日月神示(ひふみ神示)」は初めは日本独自の神様だと思っていたのですがこの頃は「相対する概念の橋渡し」をしていた様に思うのです、木の根っこの様に。感謝

今から振り返ってみると。今年も良いことが沢山有った様に思えます、来年もきっとそうです。

良いお年をお迎えください。
  • posted by Shibuchin 
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  • 2012.12/31 09:54分 
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Re: タイトルなし 

火と武の組み合わせですね。

武は竹で、笹子トンネルの竹の世の子とつながります。
年末まで事故ってましたが。

竹の世の子がヒルコで、出産に火の大祓をともなうと考えられます。

榛名山は榛名富士。これも富士につながる。
磐梯山も、会津富士ですね。
榛名山神社はカグツチとハニヤスメ。そこからワクムスビが生まれます。
日月神示の麻賀多神社の神さま。
いよいよ大詰めって感じでしょうか。

別件ですが、自民党の議席は294でした。
国道294号は柏から会津若松。柏手から出会い(会いづ)に至る道だとブログに書きました。
今日1月1日、天皇杯は柏レイソルが優勝。
ってことは、国道294号という視点はまちがってなかったわけです。

では会津若松はどう事象化するのか、と考えてたら、
そういや大河ドラマ「八重の桜」が会津若松なんですよね。
これ自体が事象かもしれないし、事象をとくキーワードかもしれません。


  • posted by いやさかの木 
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  • 2013.01/01 17:41分 
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おめでとうございます 

迎春

おめでとうございます

「では会津若松はどう事象化するのか、と考えてたら、
そういや大河ドラマ「八重の桜」が会津若松なんですよね」


八は本当に、ここ数年、頻繁に降りてくるのですが、

会津で、気になるのは、白虎隊です。

どこかで、2匹の白虎の夢がどうとか、、
書かれてあったのを見た記憶があるのですが、
わたしも、1年前から白い虎、、気になるのだけど、

オルレアンにある、聖十字架教会のジャンヌダルクの両端には、2匹の虎が彼女を守り、威嚇している象が、祀られています。

他には?2匹の虎と教会や聖堂、、、、???

思いつかないんですよ、

裁判公判記録には、ミカエル大天使と交霊したとされる、ジャンヌダルクの、残された史実からも考えると、国を救う<シャルル7世の戴冠に導く>という存在と 火=軍は、同じエレメントとして解釈してもいいでしょう。

会津<福島>の今後の動きがきになります。
白虎隊の 魂が、ちゃんと 弔われて安らいでいるのを願うばかりです。
  • posted by 千春 
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  • 2013.01/01 22:59分 
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建国記念日 

神道分野とあまり関係ないと 思われるかも知れないのだけど、前から、デカルトという哲学者の存在が気になっていたんですが、、、

マトリックスの世界観を デカルトの哲学<二元論>から紐解いて説明したりするのをよく見ました。

マトリックスの レヴォルーションも エンディングの音楽は、たしか、サンスクリット語で歌う、リグヴェーダで終わってたと(記憶が確かなら?????)思います。

考えたら、デカルトの命日が、2月11日(建国記念日)だったんですね。
なるほど、、と、、、思ってしまいました。

デカルトは、パンテオンに永眠しています。
  • posted by 千春 
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  • 2013.01/02 23:42分 
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Re: NoTitle 

Shibuchinさん あけましておめでとうございます

僕自身もいろいろふらついてますから、
自分への戒めもふくめてえらそ~に書いています(笑)。

「相対する概念の橋渡し」なさってるのは確かだと思います。
「記号や情報のホログラム=夢や現も幻だ」的な考え方は、頭脳か精神偏重かと。
僕らは生き物ですから。

根っこはひとつでも、葉っぱは1枚じゃない。
僕らは仏ではなく、生き物ですから。
やっぱ多様性はだいじにしたいと思っています。

ことしもよろしくお願いします。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2013.01/04 02:23分 
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Re: おめでとうございます 

あけまして おめでとうございます

2010年の1月だったと思います。
2匹のホワイトタイガーの赤ちゃんを母トラからあずかる夢を見たの。
当時は、まあトラ年だし、くらいにしか思ってなかったですが、
ここにきて白虎隊につながってくるとはね。

オルレアンのジャンヌダルクの両サイドがトラですか。
イザナミの脇をかためるのは八雷神。
雷さまといえば、トラのパンツ。

火と兵、戦、軍はおなじですね。

国道294号の柏手(柏市)から出会い(会津若松)へ。
元旦の天皇杯サッカーで柏と太陽の王が出ましたから、
出会いは月の王と関係するかもですね。

会津とは出会いのことで、語源は伊佐須美神社にあります。
祭神はイザナギとイザナミ。
このお社が放火で焼失して、話が余計ややこしくなった。
同緯度スライドで、福島第一原発も大事故をおこした。

僕は関係修復は不可能かと思ったけども、
どうやら2013年は出会いに向けて動きそう。
出会ってまで火花を散らされるのはごめんですけどね(笑)。
それもこれも僕ら次第ってことなんでしょう。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2013.01/04 12:29分 
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縦横無尽 

こんにちは、

わたしも、2匹で白の虎と言う意味が、分からないのですよね。
ARCアルクの苗字を持つ、ジャンヌダルク jeanne D'ARC
大天使も同じく、ARCの 接頭詞を持つ、ARCHANGEアーカンジュなので、、白虎隊がどうして、降りてくるのか?
よく観えないのですよね。

2011年に日本で生まれたホワイトタイガーの赤ちゃんっがいまして、鹿児島県の他に、赤ちゃん生まれた場所はあるんでしょうかね?
これが、生年月日というか、、
2匹の虎の赤ちゃんが、2011年11月18日に鹿児島の平川動物園というところで、何故?生まれるのでしょうか?と思っていました。
薩摩というのが不思議ですよね?
バチカンの聖人カレンダーにある11月18日の記念日は、 トレマザン地方の聖人オードだそうです、545年の聖人で、殉教者です。しかし、何故?ブルターニュ地方の トレマザン地方なんですよねぇぇ、、
フランス語のブルターニュ.(bretagne)という音素は、英語の グレートブリテン(Great.Britain)のブリテンBritainに変化するケルト文化を持つ民族が住む地方を呼ぶのだそうです。インド、ヨーロッパ語族のケルト語を話す民族、、つまりイギリス<英国>地方を現すのですよね。そして、この地方を、pays de Léon <獅子、豹、虎>の国と呼ぶのですよね・紀元前1500年前に既にヨーロッパに存在し、WIKIでは、
「ケルト人はおそらく青銅器時代に中部ヨーロッパに広がり、その後期から鉄器時代初期にかけて、ハルシュタット文化(紀元前1200年~紀元前500年)を発展させた」と書かれているので、イギリス人の青銅や鉄を利用し、産業革命をいち早く進めるというのは、もう流れている民族の血なんでしょうね?
虎=鉄=英国=で、ここ11月18日ケルト民族の聖人の日に、薩摩に 2011年11月18日ホワイトタイガーの赤ちゃんというが、、、、なんというのでしょうかね?
13世紀 100年戦争の末、イギリスに包囲されてた、フランス軍の 御尻を引っぱたいて、オルレアンの包囲を 取っ払っい、フランスのシャルル7世を戴冠に導いたジャンヌダルクの存在がなければ、、その後続く、フランソワ一世もいなければ、トラの名前を持つ、 LEONARDレオナルド DE VINCHダヴィンチも、フランスに奨励されないでしょうし、もちろん、モナリザも、ルーブルには、無いでしょうね・
しかし、何故?虎の国の聖人の日、聖人AUDEオードの日に薩摩に虎の2匹の赤ちゃん
生まれなきゃならないんでしょう。

マ、どちらにしても、
血<SANG>サンと、聖(SAINT)サンと、同じ音素で仏語は呼ばせますから、

ここら辺は何か神秘的存在を意識的に言葉を造ってきたんでしょうね。

なんだか、スッキリしませんが、、、

世界になると、複雑な因果関係が縦横無尽と入り組んでいるんでしょうか?

書き込みするのよそうかと、思ったけど、今日、宮崎駿氏の誕生日だそうで、書いてみました。
Aude de Trémazan
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Cet article est une ébauche concernant un saint catholique et la Bretagne.
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  • posted by 千春 
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  • 2013.01/06 00:41分 
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Re: 白馬黒馬 

竹神社と多気といえば、ペニシリンぜよ(JIN仁)の龍馬さんゆかりの多気神社と坂本神社。
あそこの多気は武内宿禰ですね。

武内宿禰といえば筑紫にゆかりですが、竹神社も筑紫につながります。
去年12月に、福岡市で福大女子寮火災がおき、駅伝の選手がなくなっています。
この方の名前が示すのが、麻、そして博多祇園山笠の櫛田神社。駅伝は豊鍬入姫⇒倭姫。
祇園ですからスサノヲはもちろんだけど、主祭神は倭姫に同行した大幡主命(大若子)。
伊勢松阪の櫛田神社からの分霊です。
竹吉日子も、倭姫ですよね。

筑紫は伊勢の表現の場です。
福岡の櫛田神社は、これにスサノヲがくわわる。藤原純友の乱のときに勧請されたとか。
倭姫といえば日本武尊。竹の世は武の世。
スサノヲ⇒八岐大蛇⇒八雲立つ出雲八重垣(歌会始「立」+八重の桜)
日本武尊⇒伊吹山⇒トリ
これとヒルコ出産が同時進行なんでしょうね。

八岐大蛇は鉄の蛇。伊吹山も鉄。息長氏。
近代の八幡製鉄ってのもありますが、古代鉄カルマを負うのも筑紫。
仲哀天皇の死⇒息長足媛(神功皇后)の新羅遠征。
その総決算が安曇比羅夫が戦死した白村江の戦いだったわけで、
事象的に言えば、まさにいまその時期ってことになります。
神宮式年遷宮の最初が福岡県西方沖地震ですから、最後も福岡がからむんでしょう。

どうも去年の旅は、アグニだけでなく、故郷の筑紫を背負ってた部分もありそうです。

> 今年丹生川上神社下社では東日本大震災と台風12号災害の復興を祈って約560年ぶりに晴乞いを祈る白馬を使った神事が6/1に行われました。丹生川上神社上社では10/8に約570年ぶりに五穀豊穣を祈る降雨の黒馬献上祭。
> 丹生川上神社中社では白馬と黒馬、2頭の献上祭が10月16日に570年ぶりに行われたそうです。いやさかの木様はこの馬の神事の復活の後に行かれていたのですね。

これまったく知りませんでした。
ありがとうございます。

馬といえば、暮れの有馬記念は13番ゴールドシップが優勝でした。
つづいて6番オーシャンブルー、9番ルーラーシップ。
13-69 海と船
ゴールドシップは金神の船。
第二の太陽の船です。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2013.01/11 03:38分 
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八=火=精神 

こんにちは
旧友の一人で、初めて年始のご挨拶を交した方がいて、「年末も多忙で帰宅する時に聞いた 除夜の鐘の音は、御茶ノ水のニコライ堂の鐘だった」、、、という内容をもらったのですよね。

同時に、数年前に家に滞在していた、キリギスタン
共和国から来た、ある青年の誕生日が 1月7日なのを何回も思い出されて、東方正教会のキリスト誕生日は 1月7日ですから、御茶ノ水のニコライ堂の 除夜の鐘と時空を超え、反響しているのでしょうかね?と思って宇宙遊泳していました。
昭和天皇のご崩御の日1月7日の数字は切れませんし、
なんというのでしょうかね?言葉、、、出ませんけど、、、

スサノオの八という数字との関連性を、地球レベルで考えると、東方正教会の八端十字架が、浮かぶのですよね。
この八端十字架は、歴史を辿ると、類似のロレーヌ十字架として 自由フランス党の 旗として存在するのですが、これはご想像とおり、ドイツのハーケンクロイツへ対する 自由フランスが立ち上げた ロレーヌ十字架なんですね。第二次世界大戦ドゴール将軍{大統領}は、正式なシンボルとしてロレーヌ十字架を採用する、という経過を辿っていますので、軍{ミリテール}と八が強い関連性を持つのは、歴史を見ても明らかなんです。

歴史解読のミソは軍<火、精神、八>が 自由の為に、、という真、善、 美の価値方向へ稼動するのならよいのですが、国、個人、あるいは 権力者といった、唯物、あるいは神格された個人の力へと集中させる動きへと、軍が稼動させると、結果は、他者<他国>との摩擦力を大きくするだけでなく、世界の存在しようとするバランス力を見失うと、自分自身に大きなツケが回ってくるようです。

広島、長崎という結果に導いた理由は、アメリカだけでなく、日本にもあり世界中の責任を問われていた、という意識を忘れてはいけなかったと思うのですね。

  • posted by 千春 
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  • 2013.01/13 00:00分 
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新幹線のレール 

最近、多忙でご無沙汰しています。

> 近代の八幡製鉄ってのもありますが、

青森から鹿児島まで新幹線がつながったと同時に震災が発生しましたが、新幹線に使われる高品質のレールは新日鉄の八幡製鉄所と、JFEスチールの福山製鉄所が作っているそうです。
新日鉄は住友金属と経営統合しましたが、日本の列車の車輪のほとんどは住友金属製だそうです。

新内閣の原子力担当に石原家の長男が入閣しましたが、日本の原発の建物の半分を建設したゼネコンと石原家との深い関係を考えると納得です。
  • posted by エイト 
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  • 2013.01/13 21:03分 
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ホワイトタイガー 

千春さま、鹿児島に縁があるんでしたね!?

ホワイトタイガーは、地元企業の新日本科学が、平川動物園に寄贈したものです。
白虎隊と言えば戊辰戦争、気になる110番…初代大警視は川路利良、幕末の薩摩藩士です。

青森と鹿児島が繋がった新幹線開通の前日が、311。

NHKでは「アテルイ」のドラマ、地元では「隼人」がモチーフのキャラクター番組、北と南のバランスの妙は不思議です。

ところで、宮崎駿監督と私、誕生日が同じでジャンヌ・ダルクもそうなんですね!?
  • posted by 香龍 
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  • 2013.01/20 21:57分 
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ホワイトタイガー 

香龍さま

アテルイの 番組ですか?
それは知りませんでした。
興味深いですね。

2日前に、坂之上田村麻呂が朝廷に助命願いをだし、朝廷は聞き入れず、河内で斬首された蝦夷のアテルイ、モレイの事を書いたメイルを友人にだしたばかりでした、

仙台の伊達政宗の正妻愛姫が、坂之上田村麻呂の末裔だそうですから、その関係で の返事をだしたばかりでした。

母方の御先祖は、薩摩に永眠するようです。
よく考えると、昔の御先祖の話しには軍人出が多いですし、母の家系の言葉使いには、なんというか、情的な感情を排除したような冷たい言葉使いを感じました。

反対に父は、町民の家系らしく、なぁなぁ関係で、家族ぐるみという雰囲気で育ったらしく、父母両極端の性格の違いでした。出来た子供はこうなります。<笑>

会津のホワイトタイガー?、白虎隊の存在と意味そして歴史を引っ張っている 底辺の流れ,意図を、紐解くのは、創世記ダニエル書に何か?ヒントがあるのでは?と思ってました。
創世記って預言<今でいう霊脳者の書ですから>の書が多いでうものね。

日本列島自身が龍脈なんでしょうね。、難しいんですよね。薩摩と津軽の類似、、両方先端に 隼人と蝦夷が、四つに組んでいるんでしょうかね? 上と下ですから、鹿島あたりの鳥居は、たしかに横倒しになるかも知れません。

なんと言うか、わたし自身、あまり おどろおどろ人間感情に 呼応しだすとキリがないので、もっとスッキリ、高次元での 反応や呼応を心がけたいんですけど、、、さみしがり屋の 心にあちこち引っ張られてにっちもさっちも、動きが取れなくなりそうなんですね。

真理 というのは、もっとスッキリしていると思うのですが、皆が自分の立場それぞれ言い出して、それを聞いてても、永遠でキリないんですね。

なんというか 現世で自立しないとあの世でも自立せず、依存関係探しのようなんですね。


ジャンヌ、ダルクはミカエル大天使と交霊し、ありえない様な歴史上の転覆を起した張本人なのですが、死後、裁判の正当性を問われパリ、ノートルダムで復権裁判が行なわれました。

無実として ジャンヌダルクの復権が法的に認められたんですね。
確か、ジャンヌダルクの死後25年経った頃だと記憶しています。復権裁判でジャンヌの正当性が認められ後すぐ、母親は、他界しています。安心しちゃったんでしょうかね?堅信なキリスト教徒だったらしいですが、、

その後かなり経って、ヴァチカンで列聖、聖人として認められています。

ヨーロッパでは、1945年第二次世界大戦終戦記念日は、5月8日でして VICTOIRE勝戦記念日、と呼ばれ祝日です。
この5月8日は、 ミカエル大天使が、ガルガノ山に最初に出現した 日と 同日なので、天使軍の総長 ミカエル大天使と
軍、法、マーチ、火、歩く、、と関連しだすのだと思うのですね。

歴史は繰り返されているように見えますけど、その時代、その時代関与する人間自身の心は進化しないと その時代に生かされているという意味が観えませんので、まったく同じ事の繰り返しではなく、なんとかすこしづつ良い方向へと、稼動して欲しいと願います。
  • posted by 千春 
  • URL 
  • 2013.01/21 03:31分 
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Re: コリンチャンス(コリント人)も来てますが 

もうひと月以上たっちゃいましたが・・・。
コリンチャンスが優勝しましたね。
「コリント人への手紙」読んでみようかな。
ことしのキーワードがあるかもしれませんね。

そうッスか、有馬まで。
ありま~、なんてダジャレてる場合じゃないけど、ほんと笑うしかないですよね。
いやほんとそう。
笑ってなきゃ、とことんトリ込まれちゃいそうですよ。

ちなみに暮れの有馬記念は、またゴールドシップでした。

ことしはともかく、来年2014年はちがったイザナミが見れるかもしれません。
鬼が笑っちゃいますけど。
おたがい、ここが踏ん張り時ですね。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2013.01/24 02:53分 
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Re: 12月8日 

鹿児島湾の雷撃訓練は有名ですよね。
鹿児島と真珠湾は相似象。そういった意味でも、桜島と浅間山の連続噴火を皮切りに太平洋戦争のミソギのメッセージがつぎつぎと示され、その流れで両陛下の真珠湾慰霊訪問の話が出たのはおおきかった。
もし実現していたら、悪石島の皆既日食は、あれほどひどい状況にはならなかったはずです。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2013.01/27 22:11分 
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Re: 新幹線のレール 

石原知事は東京の墓標だと以前書きましたが、
石原家の長男にバトンタッチされましたね。
88維新の党と石原アグニの党との連合も、ちゃんと意味があるんでしょう。

鉄はよくもわるくも僕らに必要なものですが、核はよくもわるくも必要ありませんよね。
鉄カルマの集大成としての核・・・。
その性格がいま的確に表現されてるのが、八幡製鉄の北九州市だと思います。
宮城県の汚染瓦礫の焼却がはじまってから、セシウムにコバルト60も出てますね。

鉄冷えで北九州から公害がなくなったと思ったら、こんどは・・・。
めぐるものはめぐるんです。それがめぐり(カルマ)。

そのうち○暴のおっちゃんたちもみんな、
マスク姿のヤンキースタイルになるだろうってウワサもちらほら(苦笑)。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2013.02/04 00:38分 
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「もんじゅ」の手前の丹生の浦と 

どこを触りまちがえたのか、
それともココ読み直しなさいという啓示だったのか、
トンチンカンなコメントで申し訳ないと先に謝っておきます。
昨日、逢坂の関にある蝉丸神社の記事エントリーしましたが、
敦賀のもんじゅの近くに丹生という地名があることを知りました。
去年この記事を読んだ時はスルーしてました(^^)
なんと蝉丸はその地で亡くなり塚が残っています。
織田家の先祖、劔神社もありますが、吉宗が若い頃この地を領有してました。
やがて八代将軍となって、お庭番という忍びの組織作り上げる原点となった地らしいです。
蟬丸って祭神となるほどスンゴイ活躍したようには思えないのです。
存在も不思議なら、その丹生の地もなんかありますね〜
  • posted by ulala 
  • URL 
  • 2013.11/12 00:09分 
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Re: 「もんじゅ」の手前の丹生の浦と 

これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも逢坂の関  蝉丸

 ⇒墨坂の不思議な祟り?
  http://blog.goo.ne.jp/goo3820/e/a53327546e1ea081da706e55808c28c4

墨坂は黒の88。逢坂(大坂)は赤の88。
黒は黒土。赤は赤土。逢坂の赤は、すなわち丹です。

  ⇒生駒山の太陽柱(2)
   http://amanohitukukami.blog28.fc2.com/blog-entry-186.html

蝉丸はなにを知って丹でしょうね。
現代の事象も見えてたのかな?

いまはまさに崇神天皇の墨坂であり、逢坂なんですヨ。
坂は境界ですしね。
いやそれだけじゃなく、オオナムチ出雲88事象の「型」自体が墨坂と逢坂にある。
墨坂と逢坂をむすぶライン上に、三輪山はあります。
西から逢坂88⇒オオナムチ⇒墨坂88なんです。
また、いまの伊勢と出雲の事象の型は、崇神天皇の天照大神と大物主の祭祀転換にあります。
いま太陽が弱体化してるのは、天照大神が旅に出されちゃったからかもね(豊鍬入姫)。
「33」の例の陸耳御笠も、この時代の鬼ですよね。

崇神天皇は夢占で後継者を決めますよね。
豊城入彦命の夢は、御諸山で東に向かって八度槍を突き出し八度刀を振るというもの。これも88。
一方の活目入彦の夢は「御諸山で縄を四方に張って粟を食む雀を追い払うというもの。
この夢の結果、活目入彦は垂仁天皇になり、豊城入彦は東国を治めます。

ここでも三輪山です。

栃木の渡良瀬川流域の雀神社の多くは、豊城入彦を祀っています。
雀は鎮めのこと。氾濫(反乱)を鎮める神です。
雀という名は、たぶん夢占の話からつけられたんでしょう。

おもしろいのが渡良瀬遊水地の雀神社(茨城県古賀市)。オオナムチを祀っています。
2010年に大阪の黒雀が話題になったとき、渡良瀬遊水地に白鳥ならぬ黒鳥が飛来しました。
渡良瀬遊水地といえば田中正造。足尾銅山鉱毒事件。日本公害運動の発祥地。
田中正造をバックアップしたのは、雀神社のオオナムチです。

東日本大震災では、フクシマの放射能と同時に足尾銅山堆積場が決壊して鉱毒が渡良瀬川に流出した。
こないだの山本議員の件では、田中正造と比較報道されましたね。

すべてはつながってるんです。
フクシマも足尾銅山鉱毒事件も、丹も、もんじゅも、崇神天皇の祭祀も、陸耳御笠も耳なしうさぎも、原発ゼロの遷御の儀も、オオナムチの88事象も、そして蝉丸も。

ああ、蝉といえば山形のがまん蝉が話題になってアクセスが集中してるそうですね。
これもなにかあるのかな?

http://yamagata-np.jp/news/201311/22/kj_2013112200541.php

☆風雨に耐えて姿を残すアブラゼミ 幹にとまった状態で見つかる
山形新聞 11月22日(金)16時47分配信
長井市平山、造園業渡部望さん(59)方で、木の幹に止まったまま死んでいるアブラゼミが見つかり話題になっている。
渡部さんが17日に樹木展示場で雪囲い作業をしていた際、ヤマザクラの幹の高さ2メートルほどの所に、まるで生きているような状態で止まっている1匹に気付いた。「目を疑った。よく見ると羽の一部が朽ちていて死骸と分かった。幹の凹凸に足がうまく引っ掛かったのか、風雨でよく落ちなかったものだ」
県立博物館の吉田哉学芸員は「鳥などの外敵に食べられず、標本のように残ることができたのでは。報告自体が少なく、珍しいのかどうかは分からない」と話している。セミは当面、このままにしておくという。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2013.11/25 03:42分 
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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
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