神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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岩手宮城内陸地震

既報のとおり4/20の出雲大社遷座祭からオオナムチが動き出し、艮事象がはじまっている。以後つぎつぎとあらわれる事象は、スピードといい規模といい、予想をはるかにこえている。まだ序章のはずなんだが・・・。

6/12に茨城南部の七五三場(しめば)震源の震度2。関東直下型の震源のひとつ。
3~4月の茨城南部群発、5月の茨城沖震度5弱の前も七五三場、五部が揺れた。
6/13に長野県木曽町新開震源の震度4。長野南部の震度4は2006年の王滝村以来。でもここも小さな地震がちょくちょくあってた震源のひとつ。

そして今朝、日高見高天原が動いた。
去年の10月熱田神宮遷座祭で、日本武尊が草薙の剣を手にした。
それ以来、茨城・福島沖の地震が、日本武尊の蝦夷征討の行軍を示してたんだけど、ついに日高見国に至ったようだ。
震源は岩手県一関市厳美町市野々原。M7、深さ10km、震度6強。
5/26の泉ヶ岳のメッセージタイプ震度2は、予兆だったのか。
市野々原には三輪山の神が祭られてるらしい。三輪山の神はオオナムチだ。
日本書紀で日本武尊の軍が戦った相手は、蝦夷の島津神と国津神。このうち島津神は津軽に幽閉されたオオナムチの子孫であり、国津神はタカミムスビの日高見国、およびオシホミミ高天原の子孫たちである。
栗原市は、奈良時代に反乱をおこした蝦夷の伊治呰麻呂の根拠地だ。

東北地方はオオナムチの隠り世であり、イザナミの母なる国。
それをすべて出雲にもってったのはもちろん大和朝廷。似たような歴史の隠蔽は、蝦夷とおなじ立場にあった大隅隼人に対してもなされている。高千穂の峰が大隅隼人の土地にあることを見逃してはいけない。
仙台平野、北上川流域の日高見国は、神代には皇祖神タカミムスビの国であり、その娘イザナミの故郷でもあった。天照大神の子オシホミミの高天原もここだ。
日本武尊の蝦夷遠征以来、大和朝廷は母なる国の人々と戦いつづけた。
母なる国が、父なる国の横暴と陰謀をさらけ出すときがきているのか。
そのそもそもの発端は、三種の神器が十種の神宝を失墜させてしまったことにあるのかもしれない。
十種の神宝はオシホミミが長男ホノアカリにさずけた人を育む宝。精神的な「母なる」面をつかさどる。天孫降臨の神器はこっち。一方、三種の神器は天照大神が弟ニニギにさずけた治世の宝。人間界の物質的な「父なる」面を担当する。
「母なる神宝」から「父なる神器」への変換は、大地母神殺しにはじまる現代文明の姿そのもの。

正直いうと、日高見高天原の動きは、楽天の日本一からはじまると思ってのんびり構えていた。まさかこれほど早いとは。まだ仮殿遷座から2か月もたっちゃいない。2013年までだいぶあるのに、この変化のスピードはなんだ。この振幅のデカさは・・・。この先落ちつくのか、それとも渦のように加速してゆくのか。

2005年の福岡西方沖地震は、四禄木星の「四」であらわされる。神話では筑紫嶋(九州)は四面。だとすれば、一白水星の「一」が一関市につながるのだろうか。
「一」から「十」で「一十(ヒト)」、真の人・神人になる十種の神宝の仕組み。その最初の一段階がはじまったというんだろうか?
沖津鏡は自己を見る鏡。本性があらわになる。
十種の神宝は、変化をもたらすマトリックスだ。人の心理にダイレクトに影響する。
「十」は十字架。タテとヨコの仕組み。僕らは火性(肉体)と水性(精神)の十字構造。
十のバランスが水に傾きすぎれば硫化水素。火に傾きすぎれば怒りと暴力にいたる。秋葉原の火神ホムスビと十字路・・・。
世界では東西と南北問題の十字。
日本でもおなじ、東日本と西日本、表日本と裏日本。地質学ではフォッサマグナと中央構造線がこれを表現する。
これらは「父なるもの」と「母なるもの」の十字。
僕らの第5文明においては、母なる大地も海も、父なる力の征服の舞台と化した。
来るべき時代には、イザナキとイザナミはふたたび結ばれなくてはいけない。三種の神器と十種の神宝は和合されなければいけない。そのために、「母なる」動きの封印は解かれた。
今回の地震は、5/11霧島高千穂山麓の陰陽石を震源としたニニギ・和合地震にも呼応している。兄のホノアカリは日高見高天原から、大和に天降ったのだから。

母なる動きは、主にオオナムチの事象としてあらわれる。
日高見高天原が動いたなら、鹿島・香取が動き、それは出雲へとむかう。
一関の「一」が沖津鏡をあらわすなら、日本武尊がその祭祀をおこない、天の日月神をあらわしたのが印旛の麻賀多神社。
印旛は香取神フツヌシの神域にあたる。オオナムチに出雲の国ゆずりを迫った神だ。鹿島のタケミカヅチとともに、関東の地盤を支えている。
すでに香取宮の神域では、茨城南部地震、そして建国記念日に船橋市の震源ポイント神明神社が不審火で焼失している。千葉に住む者としては、それらが予兆でないことを望む。
なくなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
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いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
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