神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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十二神社

オオナムチの艮事象がとまらない。
発信源は青森と宮城。蝦夷の二大拠点。オオナムチの日隅宮と日高見高天原。
この先も火→土→水のくり返しなのか。火水土(ひみつ)の祓い。
母なるものの動きは、とくに「水」としてあらわれる。
そんな中、24日にメッセージタイプの震度1。神奈川県川崎市麻生区十二神社付近(35.6°139.5°)。15日の高麗神社とおなじくはじめての震源。小さな動きだけど、メッセージタイプは気をつけてないとサインを見落としかねない。5/26の宮城県泉ヶ岳(震度2)も、「泉」が母なる動きを予告していた。
ちなみに泉は白+水で白水郎(海人)にもつながる。第58寿和丸は塩釜港から出漁した。イズミは阿曇。竜の子太郎(泉小太郎)。福岡の志賀海(しかうみ)神社は鹿の角で有名だけど、縄文後期の鹿角製の回転式銛頭の中心地、つまり当時の漁業の中心は宮城の塩釜から気仙沼にかけて。弥生時代になると近畿・九州へと南下してゆく。
海人と鹿は切っても切れない。志賀神も鹿。宮城の牡鹿半島に、能登半島志賀町。そして鹿島神宮。
神々と鹿との関係は弥生の渡来文化にはじまるわけじゃない。製塩もおなじ。
ここ数年宮城で海難事故が異様に増えてるそうだ。海神が動いた05年福岡西方沖地震と確実にリンクしている。
十二神社が気になったのは、熊野信仰と「12」の数字。九州をのぞいて全国にちらばる十二(所)神社は、熊野の12柱の神々を勧請したもの。熊野信仰の本質はイザナミ信仰。日本書紀に熊野の有馬村に葬られたとあるように、花窟(はなのいわや)神社はイザナミの墓所。火の神カグツチのお墓もある。いずれ、熊野も動く。たぶん来年7月の皆既日食あたり。けど予想はあてにならん。じっさいははるかに動きが速い。
麻生区万福寺の十二神社近辺には、かつて医王寺があったらしいので、十二神将の信仰が先だったのかもしれない。医王寺は薬師如来。両サイドに日光と月光菩薩、まわりを十二神将がまもる。十二神将は十二支。今年はクビラ(金毘羅とも)で、来年の丑年はバサラ。荒れそ~。
熊野社を勧請したのは1711年という。でも主祭神が宇気母智(うけもち)大神なので、熊野というよりお稲荷さんっぽい。う~んなんでゆれたんだろう?
このあたりはりっぱな里山で、サイトには開発をなげく声も。いまは公園になってるようだけど、地元の人たちの望むかたちになったのかどうか。そういえば宮城の方のブログにも、内陸地震と開発とをむすびつける意見がみられた。じつは福岡西方沖地震にもそんな側面がある。開発が眠ってるものを呼び覚ますのはよく聞く話。地震にかぎらず、エボラやエイズ、羽田空港の鳥居、あと、比婆山のヒバゴンとか・・・(笑)。
「12」で思い出すのがキリストの12使徒、イスラエルの12支族。黙示録では、天から降りてくる聖都に12の門。黙示録といえば、獣の刻印の数字666についてこう書かれている。「この刻印のないものはみな、物を買うことも売ることもできないようにした」と。まさしくバーゴード。出始めのころウワサになった両サイドと真中の666・・・わるい冗談だ。
黙示録のサタンは、7つの頭と10の角をもった赤い竜の姿をしている。どうも火の神カグツチがダブってしょうがない。カグツチは秋葉の神。天竜川流域にある本宮秋葉神社のご神紋が七葉紅葉なのは、ただの偶然なんだろうか。

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いやさかの木

Author:いやさかの木
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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

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