神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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2008年8月8日

 2008.8.8出雲大社2
2008.8.8の8ならびに北京オリンピック開幕。
日本で「8」といえば出雲。出雲八重垣、八雲立つ。
8/8の本殿拝観時間に東京で震度4が起きたのはたまたまだけど、この地震は確実に出雲とつながっている。後日発表された震源の経緯度が10分以上ずれてて、小金井市じゃなくなった。山間部ならまだしも、都市部の10分の差はおおきい。これから核心をつく地震が増えるだけに、3~4日後の発表を待って書くことになりそう。
震源は神奈川県川崎市多摩区菅北浦2丁目。子(ネ)之神社の神域にあたる。源義経が静御前にもらった矢じりを菅(すげ)のお寺に納めた。村人がそれを子神の祠にご神体として祭ったという。おぉ源義経・・・牛若丸、サナトクマラの鞍馬山、虐げられし「牛寅」の鬼たちのひとり。
子年に子之神社もおもしろい。子神信仰は関東東海地方の民間信仰。さすが局地型地震、その地域性を突いてきた。そして子の神といえば、もろ出雲のオオナムチである。大黒天の祀日が甲子(きのえね)だからとか、オオナムチが素盞嗚尊に苦難を与えられたときネズミが救ったからとか、いわれはあるけど、ネズミは根住み、根の国につながる。
「ネ」は北をあらわす。ネの国とはもともと北陸のことで、越根と書く文献もある。「ネの国」は父なるイザナギの国。母なる日高見(宮城岩手)の「地」の動きに呼応して、このところ北陸は「天」の気象被害が目立つ。
天(あ)は父、地(わ)は母。人は子(やや)。あわや。
出雲と越(古志)のつながりは考古学的にも深い。出雲高層神殿は越の巨木技術で建てられた。神話でも越の益人が出雲に遷され、のちに根の国とよばれるようになる。7/28出雲・隠岐で生まれた雲が、北陸と神戸にゲリラ豪雨被害をもたらしたのはとても象徴的な事象だった。
そしてネズミ伝説(とくに北信濃)といえば、安曇(アズミ)。子年に阿曇の神々が騒ぐのもムリないかも。
8/8には、福井県三方上中郡若狭町河内でも震度3。M4.2、深さ15km。
都に海産物を運んだ鯖街道の熊川宿に近い。若狭は御食国で、料理の神さま磐鹿六雁命 (いわかむつかり)を始祖とする高橋氏の故地でもある。この高橋氏との争いで安曇氏は没落した。
震源に近いのはダム建設で移設された白石神社だろう。若狭一宮若狭彦神社の末社だと思われる。祭神は山幸彦のヒコホホデミ尊。ニニギ尊の御子で、妻は海神の娘・豊玉姫。宮崎の陰陽石地震でニニギの天孫降臨があらわされたのなら、ヒコホホデミが動くのは道理。ようやく若狭が反応した。
河内川では、2011年の完成にむけてダム建設工事が行われている。四川省地震や岩手宮城内陸地震とダムとの関係を指摘する声もある。福岡西方沖地震も福岡市の湾岸開発と無縁じゃない。神々の怒りとはいわないが、開発と地震の関連はもっと深刻に研究されるべきテーマだと思う。

ところで、道真さまのたたりの話はいづこへ?
ふつ~震源がちがえば、地震の性格もがらりと変わる。でもさすが一方の牛鬼。小金井から多摩に変更になっても、なぜだかまだつきまとう。震源の地名は「菅」。すげが生い茂ってたから名づけたそうだが、調べると菅原道真(菅神)が匂う。近くには穴澤天神社もあるしね。天神社がらみの主な地震には、網敷天満宮の阪神淡路震災がある。
道真が陰謀で太宰府に左遷されたのは、行政改革の断行と遣唐使を廃止したためだといわれる。遣唐使は豪族たちの私腹の温床になっていた。北京オリンピックの中国、武蔵国の局地地震、そして道真の太宰府の共通項として浮かび上がってくるのが、防人さきもり。白村江の敗戦後、太宰府防備の任についた東人たちは、鹿島神宮にお参りしてはるかな筑紫へと旅立ったという。
「和合」にいたる流れだからこそ、ヒステリックなしっぺ返しは何度もくるはず。
竹島問題、日朝交渉、インフルエンザウイルス、気象から外交にいたる今後の日中関係が懸念される中、防人の英霊たちがふたたび防備につこうとしているのはなせか?
もちろんこれは、深読みかもしれないけども。

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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

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