神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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日月神示の歴史解釈

日月神示と大本は区別すべきなんだろう。
でも僕は歴史が専門なので、幕末にはじまるひとつの流れとして考えている。
去年おおいにからんできたのがヤマトタケと麻賀多(まがた)神社。
麻賀多神社は、岡本天明に日月神示が降りた最初の場所。
天之日津久神はいまも境内に鎮座されている。

大本の艮(うしとら)の金神はクニトコタチだ。
さすがにそこまで遡れる神話はない。けど、東北に幽閉された神はいる。
出雲のオオナムチだ。
天の日隅宮は津軽にあった。そこはウモト宮ともよばれた。漢字だと大本宮になる。
ヤマトタケと戦った蝦夷の首領の島津神は、オオナムチの子孫だ。
その蝦夷討ちのとき、ヤマトタケは沖津鏡の祭祀をおこなう。
場所は現在の麻賀多神社。

往古日本列島には、神世(かくりよ)の東・現世(うつしよ)の西ってイメージがあった。
いうなれば右脳と左脳。日と月。
日の本というのも、もともとは神世の東を意味した言葉だ。
大倭日高見国も東にあった。

時代が下って両者の文化的格差はどんどん広がっていく。
残念ながら天之日津久神の由緒は不明だし、ヤマトタケとむすびつける証拠もない。
でももし、それがヤマトタケの祭祀でうまれた神なら、彼が示したかったのは日と月、東と西の民の融合の姿。
天の日月の神こそ、彼が理想とした人々の真のありカタ、真型(麻賀多)だったのだろう。

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*Comment

はじめまして 

熊本の吉田一氣といいます。
日月神事と麻賀多神社を検索していてこのブログにたどり着きました。
ところでいやさかの木さまは
この麻賀多神社を始めて祭祀したのはヤマトタケと記載していますが
日本武尊ではなくカタカナで記載しているということは
ヤマトタケと武内宿禰とを同一人物とする可能性も考えておられますか?
私は蘇我氏の武内宿禰を調べていて麻賀多神社につながりました。
「伝承考古学 ヤマトタケるに秘められた古代史」の崎元正教さんは
私と同じくヤマトタケと武内宿禰とを同一人物としています。
ヲシテ文献でもヤマトタケとなっていますので
それでヤマトタケとされただけなのでしょうか?
ご教授をお願いします。
ちなみに私の考察を参考までに紹介しておきます。
http://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/m/200908/?st=0&page=0
http://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/e/892c29a6926fdcd9e34203721f1c12be

Re: はじめまして 

一氣さんはじめまして。
よろしくお願いします。
ヤマトタケと書いたのは、タケルという呼び名が明治以降の国威掲揚政策と相まったものだからです。
ごぞんじのとおり、もともとはヤマトタケノミコトですよね。
夏目漱石の夢十夜も「やまとだけのみこと」とルビがふられています。
ヤマトタケと、日本だけを掛けたのかもしれません。

現代はヤマトタケと読まれるべき時代だと思ってるんですが、
最近はヤマトタケでは通じにくいこともあって、日本武尊と漢字表記してます。

ご紹介いただいた本は存じております。
というか、僕も持っています。
僕はよほど見え見えでなければ、古典や社伝の記事を尊重する立場をとってますので、武内宿禰と同一人物とは考えていません。
ただこの本に関しては、自説と真摯に向き合ったいい著作だと思うし、すごく参考になります。
日本武尊伝説から辿った行軍ルートと、いままでにあった事象を照らし合わせてみるのもおもしろいと思いますよ。たとえば千葉の玉崎神社は、今日被災地ではじめて両陛下が訪問された旭市ですし、4月8日に直下型が起きています。

武内宿禰を調べていて麻賀多神社につながるって興味深いものがあります。
彼をどう評価するかで、歴史の解釈がぜんぜんちがってきます。
藤原不比等にも負けない大きな存在ですよね。

  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2011.04/14 20:02分 
  • [編集]

ご回答ありがとうございます 

良く分かりました。
ありがとうござます。
これから他の記事も読まさせていただきたいと思います。
また疑問に感じたことは質問させてください。

Re: ご回答ありがとうございます 

ブログ拝読いたしました。
おもしろいですね!
地元のラインが基盤だけにブレがない。
写真もすごいです。
天之日津久神の祠の写真には、思わずほぉ~っと声が出ました(笑)。
またおじゃまします。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2011.04/17 21:49分 
  • [編集]

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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

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