神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

Entries

水分の夢

夢に水分(みくまり)の神が出てきた。 水を分配する分水嶺の神。
X染色体がぼんやり見えて、「ああ、このまん中にみくまりがいるんだ」と思った。
人の細胞にもみくまりの神がいて、すみずみまで水を循環させている。
なんだかすごいな~と、夢の中で感動した。
ふと目がさめた。
膀胱がぱんぱんだった。
なんのことはない。トイレに行きたかっただけなのだ(笑)。

みくまりには天之水分神と、国之水分神がいる。
みくまりが身こもりに転じて、子守明神ともよばれた。
水と、出産の神・・・。
この神が登場するのは古事記だけ。日本書紀やホツマツタヱには見えない。
ハヤアキツヒコとハヤアキツヒメが生んだことになっている。
神生み、国生みというと出産っぽくって、女神が島々を産むなんて、やっぱ神話はファンタジーだってことになってしまう。でも「生み」という言葉には、創造や発明、生産や開拓、なにかをはじめるといったクリエイティブ全般の意味合いがふくまれている。
たとえば国土は荒地の開発から生まれるわけだし、イザナギのミソギから生まれた直日神(なおひ)や禍津日神(まがつひ)は、イザナギがはじめて感得し、祭祀をはじめた神だと考えることもできる。
夫婦の間に水分神が産まれたというより、最初に祭祀したのがハヤアキツヒコとアキツヒメだったんだろう。
もっとも古事記のこの系図は、どうもあとづけが匂う。
水分神祭祀の初見は「続日本紀」で、文武天皇2年(698)に吉野水分神に馬を献上して祈雨している。
雨ごいには黒馬が、雨やみには白馬がささげられた。
続日本紀は日本書紀のつづきで、文武天皇からはじまる国史。続日本紀にあって日本書紀にないんなら、水分神は朝廷が水対策のためにあたらしく祀った神だと考えざるをえない。
白村江の敗戦後、朝廷は内政型の 律令国家を目ざす。水不足や水害はだいじな租税を減収させるし、国の基盤をゆるがす大争乱にもなりかねない。
水の神ミズハメのさらなるプロフェッショナルを生む必要にせまられたってのが、本音じゃなかろうか。
専門の神さまがいれば、なにかあったとき政策ではなくその神のせいだと主張できるし、大がかりな祭祀をすれば、とりあえず民心は落ちつくものだ。

水分神社の惣社は、奈良県宇陀市の宇太水分神社といわれる。
主祭神は天之水分神と国之水分神、そして速秋津比古命・・・。
ふしぎなことに、速秋津比売がいない。
ハヤアキツヒメは泣く子もだまる祓戸の大神。夫のハヤアキツヒコは存在感がうすくて、ミクマリを生むために創作された感じさえする。
日本書紀の一書(第六)には、速秋津日命という神が登場する。日子(ヒコ)とも日女(ヒメ)とも書かずに、とりあえずお茶をにごした風情がある。
この速秋津日命は水門(港)の神で、船神の娘であるハヤアキツヒメに対応している。
たぶんそっから川つながりで、水源の神ミクマリを生ませたんだろう。

でもたとえ「みくまり」が律令時代のあたらしい神だったとしても、祭祀された以上はその神は存在する。
神道の考えでは、この世はあの世のうつし世であり、あの世はこの世のかくり世、表裏一体の世界だ。 だからこの世にあるものは、あの世にもある。 この世で祭られれば、その想念があの世で神を生む。 祭祀とは、必要なときに必要な神をつくる装置でもあるらしい。
近ごろ分水嶺がらみの地震が気になってたとこ。
みくまりは地上でも人体でも、浄化のために働いてるのかもしれない。

生命は水からうまれた。
だから人もまた、水にうまれて、水にかえる。
神に祟りはない。祟りは人の想念がもたらす。
あるのは太古からくり返されてきた、地球と生命の大いなる自浄作用。
大祓いとは浄化の風であり、火であり、水である。
それは母なる根の国、底の国から出でて、やがてまた母なる国へと還ってゆく。

  • [No Tag]

*Comment

 

いつもこのブログを興味深く読ませて頂いています。

コメントしようかするまいか迷ったのですが、初コメントさせて下さい。

僕は全国あちこちの神社にお参りしてまして、中でも日本武尊関連の神社にはいろいろ廻っています。


最近恐るべきことに、僕が訪れた場所のことを直後(もしくは直前)にこのブログで触れられていることが度々あります!

例えば・・・僕がお盆前に伊吹山、北陸地方を廻れば8月14日、8月19日のブログで触れられていたり、8月23日、24日には京都府亀岡市の出雲大神宮や綾部、元伊勢皇大神宮、籠神社に訪れていたのですが8月23日のブログで【亀岡市】のことが触れられています。


僕が河内国物部氏や尾張国尾張氏の祖である饒速日命に注目していたら、愛知県の事件から饒速日命の事に触れられていたり・・・と目の着けどころが度々被るので驚きまくってます!


ブログ主様は霊能力者の方でしょうか・・・?

ちなみに僕は全く霊能力はありませんので。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.09/16 21:58分 
  • [編集]

古代人の心 

ちょくちょく拝読させていただいております。
今年になって初めて伊勢を参拝し、日本の神々の世界に関心を抱くようになりました。ひとたびなりとも古代人の心に同一化してみたい、という思いを持っています。
今回の記事では、
神道の考えでは、・・・・・ この世で祭られれば、その想念があの世で神を生む。 祭祀とは、必要なときに必要な神をつくる装置でもあるらしい。
という条に瞠目いたしました。
  • posted by spaspaboy 
  • URL 
  • 2008.09/17 14:01分 
  • [編集]

ヤマトヲグナさま 

コメントありがとうございます。
すごいシンクロですね!
たぶんこのブログというより、ヤマトヲグナさん自身が、HNそのままに日本武尊に導かれてる部分があるんじゃないかと思います。
旅には、その場所に呼ばれるって側面もありますよね。伊吹山に北陸、亀岡に尾張氏、行かれたとこも、注目されてるとこもまたすごいです。

霊能者じゃないんです。古代史を研究してます。
海人族が専門で、そのつながりで日本武尊の行軍路を調べ始めたところ、調べてるとこで地震がある。柏崎や亀山もそうです。いったいなにが起きてるんだ?という驚きと疑問が、このブログにいたったきっかけです。
神社という意味では、もしかしたら伊勢・熊野と成田市の麻賀多神社参詣あたりからかな。麻賀多神社は日本武尊が沖津鏡の祭祀をおこなった場所です。

失礼ながらヤマトヲグナさんも僕と似た経験をされてるのではないでしょうか。意志をもって神社をめぐると、まるで親しい友人みたいにその神と波長があうというか、ほんとにつながってくるんだな~とつくづく思います。
日本武尊はいまもっとも動いてる神です。
またなにか共通項がありましたらぜひ教えてください。
重要なポイントかもしれませんよ。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.09/18 22:12分 
  • [編集]

コメントありがとうございます 

いやさかの木様、早速のご返答ありがとうございます!

成田の麻賀多神社にも訪れたことがありますよ。

麻賀多神社には『日月神示』の岡本天明が天啓を受けた天之日津久神社もありますよね。

日本武尊は双子の弟でありますが、実は僕も双子の弟なのです。

以前、日本武尊の能褒野御陵のある三重県亀山市で震度5の地震がありましたが、あの二週間後に御陵へ行く計画を予め立てていたので行きました。

あの時、日本武尊の神霊が本格的に動き始めたのかな?と予感しました。

日本武尊が素戔嗚尊の分御魂?という見方は同感です。

あと源義経や織田信長もスサノオ系なのかな?と個人的には考えてますが・・・。


僕の友人には不思議な人々が結構いるんですけど、僕の行動に不思議とシンクロするこのブログを友人たちに御紹介させて頂いてますよ!


いつもながら、いやさかの木様がなぜこんなにも数多の神社やその位置関係、気象情報や地震、事件などの情報を脳内で整理出来るのだろう、と驚くことしきりです。


いつも更新を楽しみにしてます。

これからも愛読させて下さい。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.09/18 22:55分 
  • [編集]

spaspaboyさま 

ありがとうございます!

>ひとたびなりとも古代人の心に同一化してみたい

同感です。
まさしく夢です。
彼らの感覚で味わう世界ってどういう感じなんだろう。
いまふつうに考えられている古代の自然観は、なにかが欠けているような気がしています。

ブログ拝読させていただきました。
historyはstory・・・おさえときたいポイントです。
これからの記事も楽しみにしています。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.09/18 23:15分 
  • [編集]

ヤマトヲグナさま 

ああ、麻賀多神社にいかれましたか。
天之日津久神・・・なんともふしぎな神さまですよね。
社伝では日本武尊が印旛国魂沖津鏡をまつったのが最初。日月神示の神がもし沖津鏡祭祀に関係するとしたら、ほんとに興味深いです。沖津鏡といえば、十種の神宝につながるし。

あの亀山のときもですか!
確実に呼ばれてるじゃないですか。
あれはまさしく名乗りを上げたんだと思います。僕もあの地震で確信が持てたんです。

義経や信長も、日本武尊とおなじスサノヲの霊系だと僕も考えています。物語はくりかえすものだと。

いまパソコンが不調で泣きをみています(笑)。
近いうちに更新できればと思ってますので、よろしくお願いします。

とてもはげみになります。ありがとうございます!
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.09/19 01:12分 
  • [編集]

気比大神 

永い旅の仲間に巡り会ったような嬉しい心境です。
拙ブログも閲覧いただいたようで有り難うございます。
わたしは素人で、しかもビギナーですが。

古代史を研究され、海人族がご専門とのことですが、
いやさかの木様の視点で
気比大神の素性についてはなにかお考えがありますか。 
やはり航海神を祭祀したものでしょうか、それとも・・
ちなみに、いま神功皇后や応神天皇の実像に惹かれています。
  • posted by spaspaboy 
  • URL 
  • 2008.09/19 12:55分 
  • [編集]

spaspaboyさま 

とてもむずかしい神ですね。僕は山幸彦のヒコホホデミだと考えてます。
15日にとなりの美浜町で鉄塔倒壊事故がありました。原発からの送電線です。原発はどうも志賀神の担当なので、美浜原発の事象はとくに要注意でした。
ホホデミをわたつみの宮に導いたのも、この志賀神、つまり阿曇だったと思います。
古事記に応神天皇と気比大神が名まえを交換した話がありますが、応神朝の水軍を阿曇が握ったことを考えれば、この話も阿曇(志賀神)と神功皇后・応神母子との一種の誓いの儀式だったととらえることができると思うんです。ホホデミ仕えたように、応神に仕える誓約というか・・・。
すくなくともツヌガアラシトやアメノヒホコといったポッと出の渡来神とは考えにくい。
若狭湾は海人系伝説の宝庫ですよね。その源はホホデミにあるのかなと、僕は思っています。

余談ですが、ブログを拝見したとき、佐倉惣五郎について書かれていて鳥肌が立ちました。たまたまコメントに麻賀多神社のことを書いたすぐあとだったので。麻賀多神社ってたしか惣五郎の産土神ですよね。

はるかな旅です。
どうぞよろしくおねがいします!
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.09/20 18:02分 
  • [編集]

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • posted by  
  •  
  • 2009.11/01 18:16分 
  • [編集]

心は脳を超える 

蛭子の話題が語られるのを読み又少し前に、
みくまり、天之水分神と、国之水分神 の話しを読みながら思った事を少し、、、、

、、、30年くらい前からですが、いつか日本は、人間の生命の根元つまり神の領域とも言ってもいいと思うけど、倫理観を 問われる時が必ず来ると思ってました。

日本という国には、中絶が昔から合法であったという意味、これは、いったいどういう意味なのか?

と当時若かったわたしは色々考えたんですね。

何故?外国では中絶行為は 禁止されてて、日本は合法なのか?

何故?ある国では法に触れる行為が 日本では本人の意志の自由なのか?

このような 違いがあるのが 分からないのですから、、、違いが生じる理由が分からない、

昔から、自分の心に感じる何らかの気持ちや心理作用
それと、社会に通じている 現行の通常規範、道徳倫理とはズレがあるのですよね。
そういう事は、ほっとけない性質ですから、すごく考えるんです。

とりあえず、自分に納得いかない行為は 避けるようにしますよね。
それは信教を持っているとかなんらかの信仰があるとかそのような社会的立場を説明する言語範囲を超える、心の次元の問題になってしまっているのですよね。

そしてそのような意識を持たされると、当然お付き合いする異性の考えや、女性への接し方も、人格、倫理、道徳、価値観、自分の気持ちが傾くか?離れるか?という エレメントの一つになるんですよね。
又、同性同士の話しにも、時々話される話題になり、自分以外の他者が、どのような 呼応や反応をするのか?
という経験を積むのですよね。

多分1970年代の頃だと思うけど友人の一人が、お嫁にいったお姉さんの話を するんですよね?

棔家先には、ご主人のご両親と同居だったと思うけど、お姉さんはある時、風邪をひいて、2,3日風邪薬を服用したらしいんですね。
前後して妊娠した可能性があり産婦人科にいき、妊娠だと言われたらしいんですね。
ところが、棔家先の 義理のお母さんに、風邪薬を飲んだでしょ?、正常な子が生まれない危険があるから、おろしなさい、、と云われた。
というお姉さんの話だったんですが、この時、多分 お姉さんも その友人も、「ちょっと、おかしいんじゃない、、その考え?」という気持ちがあったのだと思うのですね。

お姉さんは妹に話し、妹も わたしに話す。

人間の存在の根元、倫理というのは、言葉にならないのですよね。でも、心は、、何か違う、、、と感じているのでしょう。
でも、義理のお母さんの、「 正常でない子供が生まれたらどうするの?」という脅しの前では、何も、言葉が出ないのですよね。

このような事は、人間の一生の価値観に影響する大変大事な事だと思うのですね。

ところが、いつも、 タブー視された話題として 隠蔽化された世界でしか、話されない。
こういう 状態で人間存在の 倫理観を曖昧にしていたら、いつか大変なしっぺ返しが起きるのではないか?と思っていました。
なんというか、無意識なんでしょうね?
でも、けっして蔑ろにしていい問題とは思えないのですよね。
それは、唯物的に胎児は受精して何週目に 胎児とみなし、何週目から、人間とみなす、云々という 理屈など言われても、数字は数字であり、命の源が 生きようとしている何かが、、息づいているのですよね。

最近になっても、色々日本人の若い男女の話を聞かされるんです。
フランスに留学すると、日本の 友達が色々 話しにくい話をメイルで話してくるらしいんですね。
わたしが、若い頃独身時代に経験した 心理的な懐疑点を今の若い子達は、咀嚼できず、ずーと ひきづってきているんですね。

時々、わたしに、「何か、変ですよねぇぇ?、、わたしの 結婚している友人達なんだけど、もう3回目の 中絶だと言うんです。これおかしいと思いませんか?」、、と、わたしに聞いてくるんですよね。

わたしは、「それは、おかしいわね、でも、どうして、おかしいと思うんだろうね?」という事しか返事しないんですね。


言葉にならない 言葉が明らかに、胸中にあるんでしょうね。

それは、パートナーへの怒りとかそういう事じゃなく、やはり 命に対する基本的なブレない姿勢を、自分自身の中に構築したいのですよね。
そのような外界の揺さぶりに動じない確固たる倫理というのは、自分自身構築しないと生きていけない、必要な 人間倫理なんだと思うのですね。

それが人間存在の倫理だと思うのですね。若い子達は、そのような言葉にならない 心の思いや感じた事、そして怒り、、、言葉にしたいのだけど、言葉がないから、わたしみたいな、年長者に 「なんだかおかしいですよね?」と聞いてくるんです。


そういえば、フランス国の状況はどうか?と 調べた事があり、ある産婦人科医の言葉が、
『いったい、どの医者が自発的に そのような中絶手術をするんですか?』と言う返事に、 「あぁぁ、、なるほど、、」と思った事があります。 法で決められてるとか合法化されているとか、そういう問題ではないのですよね。結局、人間の命に対する尊厳とか尊重という意識に尽きると思います。それは小さいからどうのこうの、という問題ではないと思うのですね。それで、そのように 思わされる人間の 心に 納得のいく、言葉を話す。そのような人間の行為には、やはり神域とも言える領域に触れる言葉があると思うのですよね。

ところで、今は妊娠すると、染色体の検査を受けられるという時代に突入してしまいましたね。ますます、若い人達の倫理観に、待った!とかけられた状態だと思うのですね。

それに、十字の十という字にハっとさせられるのは、日本語には、「十月十日」といって、妊娠期間を表す表現もあるんですよね。こういう表現はアルファベット圏ではしないですから、ドキっとさせられます。そのような 無意識に言葉をつづる 十という 漢字表記にしている民族の倫理観が、問われる時期が来るだろうという事は、随分前から予感していました。
わたし自身も、若い人達の話しを聞くと、つくづく、わたしが子供を宿った時は、そんな選択種はない時代ですから、生まれた子供はたとえ不幸にも正常な子供として生まれなくても、全力つくして母親業に没頭するしかなかった時代だと思うのですよね

。そのような時代に 生まれて本当によかったと思いました。先日も、ある妊娠初期の若い女性に、「妊娠初期の染色体異常を見つける検査って、すでに、異常だと分かったら、どうするんでしょうか?
もし、中絶してしまったら、ダウン症の子供を町で見かける度に、自分のした行為を思い出すのでしょうか?死ぬまで、忘れませんよね?」、という質問を投げかける 若い人達の 心に 放つ 事ができる言葉を、わたしの 心の中に 探すのですよね。

相手の心の不安が、言葉に現れますから、、、本当に、言葉を紡ぐという感じで話します。


でも、このような若い人達がいる限り(本当に少ないけど)、日本はまだ立ち直れるかな?楽観的かな~?

ところで、この前1月7日がキリスト誕生日とする東方 正教会の十字架の八端十字架に似たロレーヌ十字架、 八と軍の深い結びつきの事を書きました、、、。

フランスで、陸軍軍人で最初の第5共和制大統領となったシャルル、ド、ゴールは、アンヌさんという知的障害をもった(ダウン症)娘さんがいたんですね。親戚の話だと、内気で家族にもあまり話さないシャルルドゴールは、娘アンヌさんだけに心を開いていたようだという記録があります。アンヌさんは、20歳で他界されましたが、彼女については興味深い エピソードがあり、障害を持って生まれてくるという 人間存在の意味について 考える機会を持ってもらえたら、、と思い、転記します。
=========================================
ド・ゴールは「わが道を行く」という姿勢をあらゆる局面で強固に貫いたこともあり、遭遇した暗殺未遂事件は31件に及ぶといわれています
有名なエピソードとして、車での移動中に4人組の暗殺者に機関銃を乱射された、運転手と同乗していた婦人ともに無事であった。
その後、車から降りて側近に怪我はないかと聞かれると「4人がかりで人1人殺せないとは銃の扱いが下手くそなやつらだ」と語ったとされる。
1962年8月22日に暗殺未遂事件に遭遇した際は、車内に銃弾を打ち込まれながらも助かった。

後にド・ゴールが語ったところでは、常に持ち歩いていた次女アンヌの遺影の額縁が被弾し、銃弾はそこで止まっていたという。
======================
フト、これを書いてて、、このアンヌさんを宿った、両親、つまりドゴール大統領と婦人イヴォンヌさんの結婚式は、いつだったのか?調べたら、、、やはり、、と 思わされました。

4月7日なんですね。ギリシャ生まれのエル、グレコの命日で、同じく東方正教会の 受胎告知の日、4月7日と同日なんですね。

どの子も、意味があって この世に生まれてくるのでしょう、と思います。
  • posted by 千春 
  • URL 
  • 2013.01/25 05:10分 
  • [編集]

Re: 心は脳を超える 

日本でも中絶は犯罪ですよ。

ただ母体を守るための中絶は許されています。
その適用範囲がひろいって部分はありますけど。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2013.02/14 00:49分 
  • [編集]

Comment_form

管理者のみ表示。

*Trackback

トラックバックURL
http://amanohitukukami.blog28.fc2.com/tb.php/78-e921990b

Menu

プロフィール

いやさかの木

Author:いやさかの木
.........................

天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

最近の記事

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム