神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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筑紫事象

熊のミーシャとスパイダーマンがまた茶番劇をはじめている。
スイスでは10日、ついに超大型粒子加速器「LHC」が始動。全周27km。山手線は34km。ミニブラックホールを懸念する声もあるけど、個人的には10月からの実験に純粋に興味をかきたてられる。ただ、さっそくハッキングされたらしい。実験直前に数値が異常上昇なんてことにはならないようお願いしたい。実験でブラックホールが誕生して・・・なんて映画が、いずれできそうだ。オオナムチ始動の年に「LHC」始動というのも、ちと気になるとこではあるけども。

15日に福井県美浜町で鉄塔の倒壊事故。美浜原発からの送電線。事象的には重く見ている。
志賀原発で放射能もれの隠蔽が発覚した直後に能登地震がおきたように、原発担当大臣(?)は志賀の神。すくなくとも推進派じゃないみたい。志賀・柏崎・福島原発をむすぶ志賀神ラインがまた微妙に揺れてるのも気にかかる。
美浜原発のある若狭国は御食国とよばれた。ここの動きは8/8三方上中郡若狭町河内の震度3から顕著になってきた(刑事事件は除く)。この震源は現在も活動中。河内川ではダム建設。白石神社(たぶんホホデミ)が移設された。離れてはいるけど、倒壊事故との関連はあるのだろうか。開発やダム、原発がらみの地震が目立つ。なにを伝えようとしてるんだろう?

御食国は若狭国のほかに、志摩国・淡路国。この関連で動くならほかの二国にも注意がいる。
御食国の動きは「食」につながる。
もちろん食の問題はいまにはじまったことではないけども、ここにきて「事故米」「輸入原料」とふたたび連鎖がはじまっている。8/25の京都府京丹後市大宮町三坂神社の震度3をおぼえておられるだろうか。これも建設で移設されたお社。示された神々は、イザナミと穀物神、そして市神だった。市神は酒造と百貨店、市場の守護神。酒と百貨店がらみでなにかあるのかなぁとは思ったけど、まさか事故米のお酒とは・・・。
○笠フーズも「サン!」の海神事象か。しかも大阪と福岡(これも阿曇に住吉)だし。おまけに放棄ともとれる引責辞任をした農水相がまた、福岡市香椎(仲哀・橿日宮)にゆかりの太田氏。
福岡では「小戸公園」でも、あまりにもショックな事件。
数ヶ月前にはたしか西新でも異様な事件があった。古代から大陸・半島との交流拠点であり、弥生の戦乱の中心地であり、歴史的なカルマがたまりたまってるのはわかる。だがそれにしても多いぞ福岡。
このカルマの大放出が神功皇后の時代にかかわるのなら、それはとくに福岡と大阪・神戸、そして若狭につながる。皇后の帆柱山を拠点とした麻生氏も、もしかしたら芦屋の小池氏もこの流れをくむ。そういう総裁選かも。
今年の2月、史上はじめて公開された天皇陵が神功皇后陵だった。神功信仰は聖母信仰。ここにきて福岡を連動させているのは、いったん鎮まったかに思えた皇后の母なる動きなのか。

土地には土地の物語があり、浄化がある。たぶんそれは経絡みたいに各地につながっている。
オオナムチの艮事象、この夏の出雲事象のあと、しばらく列島全体がランダムに微動した。そしてまたはじまりの福岡。2005年伊勢神宮式年遷宮開始を告げたのが、福岡西方沖地震だった。
先月の8月8日には福井の若狭だけでなく、東京・武蔵でも震度4。思った以上に重要な事象だったのかもしれない。道真・太宰府とのつながりから、東国・防人の筑紫防備を想像した。正直、飛躍すぎかなと思ったけど、ほんとに筑紫が反応をはじめるとは。来るべき和合のために、あの土地、国魂にしみこんだ古代から大戦後の引揚げにいたる外交と戦争のカルマを徹底してみそぐ気でいるのだろうか。

私事だけども、小戸公園は思い出の多い場所。夕暮れには島影とヨットのコントラストが絶妙だった。
僕の中の、筑紫の日向の橘の小戸のあわぎ原。
ヨットハーバーに、ちょっとした探検ができる小山もあって、子どもたちにとってはステキな遊び場だったと思う・・・。
言葉がない・・・。
心からご冥福をお祈りします。

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海神 

僕は今年のゴールデンウイークに玉祖神社、忌宮神社、下関の住吉神社、赤間神宮、北九州の和布刈神社、志賀島の志賀海神社、箱崎宮、香椎宮、博多の住吉神社、櫛田神社、宗像大社、大宰府天満宮を廻りました。

はじめは去年から廻り始めた源義経ゆかりの地(壇ノ浦)を巡るテーマだったのですが、ついでだからといろいろと付け加えたら、神功皇后、海神の色合いが濃くなってしまいました。

僕は日本武尊を陸とすると、神功皇后は海神との関わりが深いので海?と考えています。

神功皇后といえば、下関~北九州、神戸、難波、敦賀・・・と港があるところばかりにゆかりがありますが、いずれも今年廻っているんです。

日本武尊は走水で海神を怒らせたために弟橘媛を失い、日本武尊が命を落とす原因になった伊吹山は息長氏の支配地でした。
日本武尊は海神から疎まれていたのか?と考えての海神関連の神社巡りでもありました。


御食国は志摩国の伊雑宮、若狭国一宮若狭彦神社、若狭姫神社にも参りました。


LHCの始動、という事ですが・・・これからどんな事が起こってくるんでしょうね?
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.09/21 08:32分 
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長生きしたいものです 

筑紫のご出身ということでしょうか...
ちなみに私は、かつて越の国と呼ばれた地域の出身です。
幼少の頃から馴染みのあるのは、しばしば親に連れられて参拝した白山比神社です。

現在は都内在住です。今年は府中・大国魂神社のくらやみ祭り(4/30~5/6)に訪れましたが、神楽殿で住吉三神の舞う能が催されているのを見かけまして、少々不思議な気分になりました。

底知れぬ太古からの由緒ある所もそうでない所も、ある時期(崇神帝の御代でしょうか)から神社という統一的な装いと伊勢を頂点とする序列を付与され、さらに普通名詞のような概括的な祭神名で覆いを掛けられたりして、ご承知のように、祀られている神の原像を手繰り寄せるのは容易ではありません。

そうなると、大地や大気の相に神々の物語とのシンクロを読みとっていくのは、本当は最も古く且つ新しい、普遍的な在り方なのでしょう。とはいえ、ある種の悟性というか論理性を超えたものを求められるように思えます。今やわかる人にはわかるという世界でしょうか。古代人のコスモロジーにとっては普通のことなのかもしれませんね。

神功皇后伝説を手始めに、探求したいことが文字通り八百万でてきそうで、此のような世でも「長生きしたいものだ」と思えるように成ってきました(笑)
  • posted by spaspaboy 
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  • 2008.09/21 19:27分 
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ヤマトヲグナさま 

すごいポイントおさえた神社巡りですね。神社名だけで意志が伝わってきます。太宰府もまわられてたんですね。ああ、やっぱりって思わずうなずいてしまいました(笑)。

いまのとこないようですが、伊吹山近辺の事象は目を皿のようにして(笑)気をつけてるつもりです。
神道の呼吸法・息吹永世も息長氏につながりますよね。武内宿禰の長寿伝説にも。神功皇后の琴弾神事で琴をひいたのは武内宿禰ですが、審神は烏賊津臣(雷大臣)。実質上の神道の創始者で、壱岐(息)にゆかりが深いです。壱岐は月神の島でもあり、書紀の一書では海の支配を命じられたのはスサノヲでなく、ツクヨミだったと思います。
伊吹山のイブキドヌシの祟りには、どうもこのツクヨミの匂いがするんです。
ご指摘のとおり日本武尊も仲哀天皇もむちゃ海神にうとまれてます。祭祀が気に入らなかったのな? そのバックにツクヨミがいる気がして、影の薄いこの神をいま追ってるとこです。
これはほんとに絵空事でしかないですが、天之日津久神がどうしても引っかかるんですよね。印旛沼対岸には宗像とニギハヤヒの集中域があるし。もし日本武尊の祭祀で顕現した神なら、それは日と月、つまり蝦夷日高見と筑紫、東と西の和合の姿ではなかったかと思えてしまいます。いま両方で事象がおきてるように・・・。

弟橘姫はもろ「火」と「水」ですよね。まだはっきりとは見えませんが、千葉もふくめ、ゆかりの場所で動きがあるはずです。
LHCからも。いろんな意味で目がはなせません。

posted by いやさかの木 URL 2008.09/26 03:35分 [編集]
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.09/26 03:57分 
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spaspaboyさま 

いやおどろきました。越の白山姫ですか。イザナギとイザナミの和合にはだいじな役を演じると考えている女神です。
先月の震度4で武蔵国造と出雲にふれましたが、大国魂神社はまさしくその総社ですよね。くらやみ祭りもいってみたいなぁ。

僕は福岡の出身で、いまは千葉です。千葉も多いんですが、神々を追いかけようとすると、明治の壁にぶつかりますよね。すごい国常立尊だ!と思ったら、もとお寺さんだったり(笑)。猫も杓子も八幡になってるし、神楽を変えられてるとこもあります。さらには権現さんの壁に、お伊勢さんの壁。まるでらっきょの皮ですよね。
それでも救いは神道の本質が流派だってとこです。だから日本書紀みたいにいっぱい「一書にいわく」が出てくるのは当然だし、記紀神話にないからといって各地の社伝をないがしろにすることもできません。もちろんあたりはずれはありますが(笑)。

spaspaboyさんがいわれるとおり、神話は祖先の歴史で自然界をあらわしたもの、あるいは自然の動きを祖先の歴史であらわしたもの・・・う~ん、うまくいえませんが・・・だと思うんです。だから神話と自然の動きや出来事をダブらせるのは、僕の中では矛盾しないんですよね。

日本の海洋考古学の草分け、茂在寅男先生は恩年93歳。こないだも12chに出てました。めざせ寅男!です(笑)。
余談ですが、この先生、恵比寿さんに導かれてます。いやほんとに。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.09/26 05:51分 
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ツクヨミですか? 

月読命は全くマークしてませんでしたが・・・いやさかの木様がマークしておられるのでしたら今後顕在化してくる可能性はありますね。

月読命=素戔嗚尊という説もあるようですが、ツクヨミは高名ながらも素戔嗚尊の大活躍とは対照的に謎の神様ですよね。

出羽三山もツクヨミを祀る聖地ですけど、なぜかなかなか行く気になれないのです・・・。

海神の陰にツクヨミがいるのだとしたら・・・ツクヨミは素戔嗚尊の何を疎んでいるのか興味がありますね。

もしかして月読命と素戔嗚尊はルシフェルとミカエル、大碓と小碓のように双子?なんて事があったら面白いな、とふと思いました。飛躍しすぎかもしれませんが(笑)
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.09/26 08:01分 
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ヤマトヲグナさま 

そうですよね。大碓もまた影が薄い(笑)。たしかにツクヨミとスサノヲには双子みたいに似てるとこがあって、だから混同されちゃうんでしょうね。
ツクヨミは、ほんとは高天原で日の補佐をするはずだったと思います。保食神のとこに遣わされたのは、ある意味そのための農業研修でしょう。ところが彼は、保食神を無礼討ちにしてしまう。この辺にツクヨミの海人気質、生活習慣の違いがが見え隠れすると思うんです。この話もスサノヲと混同されますけど。
ツクヨミは伊予に入った形跡があります。月の越智水は不老長寿につながりますが、越智氏といえば伊予です。伊予は久米氏や河野水軍でも知られますよね。ただし、これもまた神功皇后がからんでるので、はるか昔からそうだったのかわからないです。四国の風土は月神にぴったりだと思うんだけど。

去年の歌会始のお題は「月」でした。その年に亀山の地震があり、9月に打ち上げられた探査衛星「かぐや」が月面画像を送りはじめたのが、ちょうど熱田神宮の遷座祭のころ。日本武尊とツクヨミの微妙な(笑)つながりを感じさせます。
個人的には四国の事象に注目してたんですが、目立った動きには気づけなかったですね。やはり神話的に薄いせいでしょうか。ただ、「月」「火」「生」の順番なので、伊予の反応には気をつけています。ここの動きはオオヤマツミを介して伊豆や富士につながりますし。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.09/28 18:10分 
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四国! 

実は・・・7月に四国へ参りました。

なんでこんなにいろいろ行っているんだ?と思われるかもしれませんが、一応これでもサラリーマンです(笑)

今まで四国に興味が湧かずスルーしてきたのですが、去年から始めた源義経ゆかりの地巡りによって道が開かれた感じです。

去年は鞍馬、吉野、熊野、平泉・・・と義経ゆかりの地をいくつか廻りまして、いずれは屋島、壇ノ浦にも行かねばと考えていたのです。

壇ノ浦へ行った今年5月2日、安徳天皇を祀る赤間神宮へ参りました。
全く下調べもなかったのですが、その日は年に一度の平家供養祭の日でした。
祭が始まる前でしたので幸いにも平家の墓参りをさせて頂くことが出来ました。
(昨年夏には建礼門院ゆかりのお寺へたまたま思いがけなく参拝しました。)

その後、やはり屋島にも行かねば、と思ったのが四国行きのきっかけでした。

伊予、阿波、讃岐には源義経ゆかりの地が結構ありますので、屋島や義経の忠臣であった佐藤継信の墓参りまでしました。

讃岐には日本武尊の化身の白鳥が息絶えた場所とされる白鳥神社もありました。もちろんお参りしましたが(笑)

あと、金刀比羅宮からちょっと離れた所にある大麻神社は弟橘姫の生家とされております。
(三重県亀山市の忍山神社という話もあります)

讃岐、阿波、伊予と古代の四国には忌部氏が栄えましたが、忌部氏は海路安房国にも渡りましたね。

そして讃岐に生まれたとされる弟橘姫は走水で身を投げ、ゆかりの品々が房総半島に打ち上げられる・・・不思議なことですよね。

弟橘姫の父の穂積氏忍山宿禰は物部氏、日本武尊の副将であった尾張氏建稲種、その妹で日本武尊の后の一人宮簀姫の尾張氏・・・ともに天照国照彦天火明櫛玉饒速日命を神祖とする氏族。

・・・絡み合う相関関係は興味深いものがあります。

伊予国一宮大山祇神社は二年前に行きました。
大山積神は僕の氏神(注:産土神ではありません)である富士山本宮浅間大社の木花咲耶姫命の父。また事代主神とともに三嶋大社の三島大明神・・・伊予の動き次第では富士山に繋がる可能性があるということでしょうか・・・?


四国は今後またいろいろと廻りたいです。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.09/28 19:50分 
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ヤマトヲグナさま 

大麻神社が弟橘姫の生家だとは知りませんでした。
だとすれば忌部に関係することになりますね。
忌部が阿波から安房にわたったのは、神武天皇のときだとされています。このときいろんな配置換えがあったようで、久米が伊予に入ったのもそのひとつかもしれません。
古来海路には日本海と瀬戸内海のふたつのルートがあったわけですが、ツクヨミとスサノヲが双子のように海の支配に関係したのなら、ツクヨミは瀬戸内海、日本海はスサノヲだったのではないかと思います。
瀬戸内海ルートは熊野をまわり、伊豆、関東へと伸びます。弟橘姫の件は、このツクヨミルートがからんでるのかもしれません。
いずれにしても、大麻神社と弟橘姫はあらたな視点を与えてくれそうです。ありがとうございます!

伊予と富士の関係はおっしゃるとおりです。讃岐とも八重事代主を介してつながりますね。事代主ルート時代の繁栄がすごくて、ツクヨミルートが消えちゃった気もします。
また富士山のサクヤヒメは、霧島山のニニギとも連動すると思います。とくに霧島山はいま動いているので、活発化に注意しています。

本宮浅間大社が氏神さまとは、やはり日本武尊と無縁ではなかったんですね。
僕の氏神は薩摩半島の伊作郷にある船木神社になります。小さいお社で、祭神は猿田彦なんですが、応神天皇を導いた伝説があって、ちょっと笑えます。
あの辺りは阿多隼人の土地で、笠沙にも近く、加世田にはサクヤヒメの銅像もあります。
少なからぬご縁がありそうで、ほんとうにおもしろいです。
氏神を知ったのはけっこう最近なんですが、自分の海人好きがなんのことはない血筋なんだとわかったときは、なんというか、釈迦の手のひらの孫悟空になった気分でした(笑)。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.09/30 01:28分 
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間違えました 

申し訳ありません。氏神を勘違いしてました。

富士山本宮浅間大社は崇敬神社でして、氏神は天照坐皇大御神です。

数年前に父から聞いた話によると、元々僕の家の遠い御先祖様は伊勢神宮へ仕えており、本殿への昇殿も赦されていたそうです。

しかしいつの代からか一族は長野県へ移り住みました。
そして父方の御先祖様が住み着いた地には『はべしな神社』という神社が建ちました。

神主さんが常駐していない小さな神社ですけど、一応延喜式内社です。

御祭神は天照坐皇大御神、豊受大神、日本武尊です。

神社名の由来は、日本武尊が東征の折にこの地を通った際に『はべしな』と名付けたことによると由緒書きにありました。

父方の家系はこの神社の氏子です。

薩摩といえば、建御名方神を祀る神社も多いですよね。

ちなみに日本武尊の地方伝承には諏訪明神に救われた話が結構ありますね。

僕はこのブログからはいつも様々なヒントを頂き、人からは不可解に思われてしまう自分の行動を証明して頂いているようなものですから本当に感謝してます。
いつもありがとうございます!
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.09/30 18:03分 
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ヤマトヲグナさま 

日本武尊の行軍路を再現するのに社伝は欠かせません。『はべしな神社』、リストに加えさせていただきます。ちょうど吉備武彦との分岐点あたりですね。
「はべ」というのも気になりますね。「あべ」に似ていて(ぜんぜん違うかもしれませんが)。というのも、北信濃で阿曇と阿倍の抗争がおきた可能性があるからなんです。

けっして無理やりつなげようとしてるわけでなく(笑)、僕の母方の里が千曲川ぞいです。もっと浅間山よりですが。

日本武尊と諏訪神の関係はミコトの半面出雲(スサノヲ霊系)を裏づけるものだと考えています。

こちらこそたくさんヒントをいただいてますよ。
ありがとうございます!
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/01 01:52分 
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はべしな神社 

はべしな神社についてネットで調べたら、更に詳しく書かれている所がありました。
(僕のうろ覚えよりも正確だと思います)

それによると、日本武尊が当地にある「はべしなの峠」を越えて天照大神を勧請した事によるそうで、後の世に現在地へ遷座されたそうです。

今は小さな神社ですが、鳥居がとても立派です。

いやさかの木様のお母様も千曲川沿いの方なんですね。

ちなみに父方の御先祖様が住み着いた場所には、佐良志奈(さらしな)神社という延喜式内社もあります。


北信濃というと安曇野でしょうか?
安曇野の穂高神社には阿倍比羅夫像がありましたから安曇氏と阿倍氏は同じように考えていたのですが、抗争が起きたとすれば違うんですね。

穂高神社を参拝した時、山間にあるにも関わらずさざ波のような風が起こり、やはり海だな~としみじみと思いました。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.10/01 08:06分 
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ヤマトヲグナさま 

はべしなの峠ですね。いずれ浅間山から千曲川ぞいの地域はくわしく調べなくてはと思っていたとこなんです。
阿曇は安曇野が有名ですが、浅間山麓や千曲川にも阿曇の神が入ってるんです。そしてそれは諏訪大社へとつづきます。タケミナカタの后の八坂刀売は穂高見の妹ともされますし、阿曇の祖神・宇都志日金柝命にちなむ地名や痕跡が見うけられます。
阿曇を調べてたのに、いつしか母親の産地を調べてることに気づいて、結局両親の家系的なれそめを自分は調べてたのかと愕然としましたよ(笑)。父方は阿多隼人のところですし。いやはや釈迦の手のひらの孫悟空です。

阿曇にも阿倍にも比羅夫がいますが、同業者があらそうことは多いです。8世紀のおわりに、安曇は同業の高橋氏との内膳の争いに敗れて失脚します。高橋氏は料理の神磐鹿六雁(ごぞんじ景行天皇に白蛤を献上した神です)を祖としてますが、どうもこの政争のウラに北信濃がからんでそうなんですね。

穂高神社の風を海と感じる・・・この感性はほんとうに大切だと思います。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.10/01 22:35分 
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海人系 

いやさかの木様の御両親様共々海人系なのですか!濃い繋がりですね!
阿多隼人は海幸彦の子孫とされているんですね。

阿多隼人は宮中で守護に当たったとの事ですから、強くて勇ましい人々であることがうかがえます。

建御名方命は海人族を治めて薩摩から志賀島へ、志賀島から出発して海路能登半島へ渡り、そこから陸路諏訪の地へ至ったという話を読んだことがあります。

九州と諏訪には面白い繋がりがありますね。

高千穂と諏訪地方のみに生える天然古代イチョウ、諏訪大社宮司家諏訪氏は阿蘇神社宮司家と同じく阿蘇開拓の神の健磐龍命の子孫・・・と不思議なことですね。

安曇氏と高橋氏の関係は、若狭国の事を調べていた時に読んだことをすっかり忘れていました・・・。

磐鹿六雁命は房総半島の高倍神社に祀られてますね。
今年の春に初めて訪れて、高倍の醤油を入手しました。


海人系のゆかりの場所での現象が増えてきているように感じますね。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.10/02 08:07分 
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連投ですが 

阿多といえば・・・木花咲耶姫命の別名が『神阿多津比売』ですね。

海幸彦の母ですから名前に繋がりがあるとしても不思議はありませんが。

木花咲耶姫命は燃え盛る産屋の中で火照命、火須勢理命、火遠理命の三子をもうけた・・・『火』が出てきますね!

火照命海幸彦と火遠理命山幸彦・・・山幸彦の子孫皇族の一員であった日本武尊を疎んだのはもしかして海幸彦?とふと考えてしまいました。

竜宮でただ山幸彦に海幸彦の釣り針を渡すだけで良かったのに、塩土老翁が潮満珠、潮干珠を授けて海幸彦を服従させるように進言したのはなぜだったのか・・・?うーむ、謎ですね。

しかし引っかかるのは、真ん中の火須勢理命です。

生まれた後どうなったのか?

バランスをとる為に置かれたという説があるようですが。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.10/02 12:47分 
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ヤマトヲグナさま 

ニニギとサクヤヒメが出会った笠沙の浜は阿多の領域です。家系的にはわかりませんが、両親とも産地は海人色がこくて驚きました(笑)。
もしサクヤヒメが阿多の娘なら、オオヤマツミも阿多ということにもなりますよね。ただ、産地ではありますが、個人的にはちがう気がします。
阿多は古代から基本的に勤皇の土地柄で、それが幕末薩摩藩につながるんですが、一方の大隅隼人は霧島の高千穂の峰があるのに、神話的裏づけがありません。ともに大阪の水路を中心に宮中警護についてたのに。
そのウラには、律令政策に抵抗したかどうかの差があると思うんです。大隅の抵抗は蝦夷とともに熾烈を極めました。
また日本武尊のクマソ討ちのクマソは曽於説を僕はとってます。大隅隼人の領域です。そうすると、難波の柏渡や吉備の穴海にも当時大隅系海人がいたんじゃないか。
大隅隼人という切り口から発想がふくらんでくるわけです。
歴史は陸のストーリーで、海人は痕跡が残りにくいので追うのは大変ですが・・・。

さて、問題の火須勢理命ですが、これ核心なのでとりあえずおいとかせてください。僕は伝承の混乱があると見ています。
いずれ事象に反映されるかもしれませんね。
関連する現場がゆれて教わることが意外に多いです。
ちなみにそういうのを僕は「チベット方式」と呼んでいます(笑)。
ツインピークスのクーパー捜査官のうけうりですが。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.10/03 00:07分 
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Author:いやさかの木
.........................

天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

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