神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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鬼・風・カッパ・国造・おまけの茶

麻生総理誕生の同日、福岡ホークス王監督が退任を発表した。麻生家は福岡の炭鉱王。歴史で筑紫の王といえば磐井の乱。まるで連想ゲームのように磐井ゆかりの地が揺れた・・・。ふしぎだ。事象はよくそのテの連鎖をおこす。
福岡出身の総理は、32代広田弘毅首相(昭和11~12)以来70年ぶり。旧那珂郡鍛冶町(中央区天神3丁目)出身。石屋の息子。麻生氏は麻生セメント。このところ「石」「岩(磐)」のつく名まえが事象に目立っている。石屋といえばフリ-メイソンだが、これは飛びすぎか・・・。

【大鬼山】
9/29広島県庄原市の大鬼山を震源とする震度3。庄原市には日本ピラミッド伝説の草分け・葦嶽山や、ヒバゴンとイザナミ伝説の比婆山がある。中国山地の豪雪地帯。ちなみに出身の政治家は亀井静香氏・・・ヒバゴンならぬカメゴン。
「鬼」という地名は、修験道や山の民、川の民につながる。彼らと鬼、あやかしはイコールじゃない。でも怖れや差別が、伝統的な偏見を生んできた。伝説の中で両者はむすびつく。
古代からこの国、文化を影でささえてきたのは鬼たちである。芸能という点では、現代ほど鬼たちが喝采をあびる時代はない。これも復活と復権の時流か。
「鬼」から頭の「ノ(つの)」をとると、「カミ」という字になる。母なる動きは逆転のシクミ。だとしたら鬼は神となり、神は鬼となるのかもしれない。

【伊吹山】
☆第58寿和丸の事故、8/8と30日の福井県若狭町の地震(震度3)でふれたように、北緯35度25分は歴史の影を象徴する鬼と大蛇のライン、あやかしラインだ。
10/1の9:35に、岐阜県不破郡垂井町大石(北西山間部)で震度3。35゜25'N 136゜30'E  14km M:4.4。
北緯36度のミロクラインともども活性化を危惧していたライン。でももう、確実に動いている。しかも今回はもっとも警戒していた伊吹山のおひざもと。あやかしたちの歓声がきこえるようだ。いずれ元伊勢もゆれる・・・。
☆伊吹山も豪雪で知られる。山岳積雪量の世界一、ギネスブックにのっている。山から垂井町方面に吹き荒れる風は「伊吹おろし」とよばれ、古来から鉄鍛冶を栄えさせた。垂井町の美濃一宮・南宮大社は金山彦をまつっている。日本武尊・カグツチ事象でさんざん示された、「鉄」の元締めがここだ。
不破の関は畿内と東国の出入り口で、歴史上もっとも重要な関である。神武天皇が大和入り後まもなく腹心のタケツノミ(八咫烏)を配置したように、東国⇔畿内の流通をにらむ軍事ポイント。壬申の乱では、吉野から伊賀⇒伊勢へと逃れた大海人皇子(天武天皇)が美濃の多品治に不破を封鎖させ、それが勝利につながる。また、平将門の処刑では、南宮大社は将門の首の調伏をまかされたという(御首神社)。将門の首は京都の都大路から東京千代田区の大手町まで飛んだとされる。怨霊にふたたび乱をおこされてはかなわんので、不破の関でくい止めようとしたんだろう。この逸話にも、不破の重要性が見える。
南宮山は、関ヶ原の合戦で毛利軍が陣をかまえたとこ。歴史の分水嶺である壬申の乱と関ヶ原の戦いは、リメイクかと思えるくらい似てる。大友皇子が筑紫・吉備の軍を動かせなかったように、石田三成もまた筑紫の小早川ら西国武士に裏切られた。毛利軍2万もまた合戦に参加しなかった。
余談だけど、千葉県久留里線ぞいの白山神社には、大友皇子が落ちのびた伝説がのこっている。あと、将門事象は活発なのに、伊予の藤原純友が出てないのが気になってるとこだ。
☆日本武尊は池田町白鳥から梅谷峠を越え、垂井町から伊吹山にむかったという。そういう場所での地震。震源に近い(3km)のは美濃ニ宮の伊富岐神社。祭神は多多美彦命。伊福氏の祖神とも八岐大蛇ともされるがよくわからない。タタラにつながりそうな名まえだ。伊福氏と尾張氏は同族とされる。でももともとこの地にいて産鉄民をまとめてたのは、国造の神骨(カンホネ)じゃなかったろうか。景行天皇は神骨の娘を息子の大碓皇子(日本武尊の兄)に寝取られ、恨む(苦笑)。大碓皇子は美濃を治めるのだが、はたして父子兄弟関係はどうだったのか・・・。この双子には、ツクヨミvsスサノヲの影もちらつく。
神骨の系図は彦坐王(ヒコイマス)につながる。彦坐王の妻は息長水依姫。その子ども丹波道主の流れから息長帯比売(神功皇后)が生まれる。神功皇后は日本武尊の子の仲哀天皇の妻。父とおなじく仲哀天皇も神の祟りで変死する。これには住吉神のみならず月読神もからんでくる。息は月読の島・壱岐か。イブキドヌシが月読尊の子って話もあるが。
ちなみに尾張の織田信長と敵対した越前朝倉氏も、彦坐王の末裔だという。熱田神宮にはじまる信長の快進撃は、岐阜城(35度25分)を拠点とし、朝倉氏を倒して最高潮にたっする。でも結局、丹波からきた明智光秀に討たれてしまう。丹波は歴史の局面においてどうも反作用の働きをする。山間部には丹波乱裁(あやたち)。忍者を生んだ土地柄でもある。
伊吹山のイブキドヌシの祟りには、鉄の利権の匂いがする。日本武尊の症状は鉱毒を思わせる。息長氏は鍛冶神・天目一箇命を奉斎したという。
一方、愛知県豊田市の猿投山には、兄の大碓皇子が蛇毒で死んだ伝説がある。母・播磨大郎姫皇后がなくなった同年ってとこがひっかかる。尾張氏の報復?父景行天皇の差金?ただの考えすぎ? 伝説はなにをいわんとしてるんだろう。
天目一箇命がひとつめ小僧の元ネタとされるように、産鉄民もまた鬼あやかしの類と見られた。彼らにとって風は命だ。風がなければ強い火をおこせない。風の流れは龍、そして大蛇。その風を象徴するイブキドヌシの化身の大蛇を、日本武尊は斬り、みずからも死にいたる。
伊吹山というとこは、古代から今もなおつづけられる「鉄と戦いの歴史」の神話的原点なのだ。

【磐井の乱】
☆東スポのカッパ記事もあなどれない。
10/2 福岡県筑後市西牟田・大雷神社付近 震度3 33゜14'N 130゜29'E  14km M:3.4 
西牟田氏は伊豆から鎌倉幕府の地頭として赴任。伊豆の河津もカッパで知られるが、九州でカッパといえば、なんといっても筑後川(とくに久留米市田主丸)。九州のカッパは渡来伝説や菅原道真につながり、本州では修験道の役小角や陰陽道の安倍晴明につながる。
福岡は太宰府があるので、天神信仰が篤い。久留米市の北野天満宮には、道真に諭されたとも、刺客から救ったともいわれるカッパの手のミイラがある。また水天宮をとおして平家ともつながる。水天宮はむかし「尼御前社」と称し、尼御前大明神とともに荒五郎大明神と安房大明神がまつられてたらしい。このうち荒五郎大明神がカッパで、安房大明神はヤスボサンとよばれた。が、どう見ても、千葉県玉前神社の玉依姫だ。
福岡の玉依姫信仰は少し変わっていて、ふつう若宮神社といえば応神か仁徳天皇なのだけど、福岡ではワタツミの娘・豊玉姫と玉依姫の姉妹をまつる。さらに龍宮から、雷雨をふらせ川をつかさどる龍神とむすびつけられ、大雷神社の祭神にもなる。内陸部におけるミズハメとタツタヒメの役目を海神の娘がこなしてるわけだ。でもなんで安房(千葉)なのか・・・? もしかして西の平家と東の源氏の構図になってるのか。ともかく、筑後市はこのカッパ信仰が顕著なとこだ。
西牟田の大雷神社の祭神は不詳。たぶん玉依姫だろうけど、雷神菅原道真の線もすてきれない。
☆「地震が統一地方選挙のノリ」だという印象は、どうやら間違ってなかったみたいだ。
8/8の多摩の震度4も、岐阜県の垂井町も、国造、国府に関係する。国造はいまでいえば県知事。磐井もまた筑紫の国造だった。
地震の長いスパンと列島の広さを考えれば、王監督の2週間後のピンポイントはやはり偶然とは思えない。よく揺れる場所ならまだしも、この震源は僕の記憶にはない。福岡産だし、あれば憶えてるハズ。
磐井の乱がおきたのは継体天皇のときで、西暦527年。朝鮮半島南部の失地回復のため、大和政権は6万の軍を派遣する。このとき佐賀・大分を制圧し、海路を封鎖したのが筑紫君磐井だった。朝鮮の新羅から贈賄があったともいう(風土記は大和軍が急に攻めてきたとする)。
翌年、物部麁鹿火(アラカイ)ひきいる大和軍と、磐井の筑紫軍が激突。激戦ののち磐井は敗北し、麁鹿火に斬られたとされる。
ちなみにアラカイはハワイ語で指導者を意味する。麁鹿火はハワイアンかい(笑)。
震源から2.5kmほどいくと、八女丘陵に古墳群がある。筑紫君一族の数世代にわたる大規模な墳墓域だ。なかでも岩戸山古墳は九州最大級の前方後円墳で、磐井の墓だといわれている。ぐるりと並ぶ石人像や石馬が有名。本物は東京国立博物館にも展示されてるので、見た方もいるかもしれない。石馬には首がなく、石人も手や頭を壊されている。風土記によると大和の兵士が破壊したのだという。
敗戦後、息子の葛子は糟屋屯倉を献上して死罪をのがれる。この屯倉跡と見られるのが、福岡県古賀市鹿部の田渕遺跡だ。粕屋郷といえば阿曇だが、磐井との関係はいまいちはっきりしない。
10/3に福岡市早良区脇山・小笠木付近で震度1。これもめずらしい場所。粕屋屯倉の反応を期待してたけど、さすがにちがった。
小笠木の地名は菅原道真にちなむ。また脇山は、昭和天皇・即位の礼の主基齋田に選ばれたとこ。うしろに背振(セブリ)山と金山をひかえ、山の民や産鉄民にも関係しそうだけど、これもまたはっきりしない。
八女丘陵との共通キーワードは「お茶」だ。八女茶は平成17~19年の全国茶品評会で、3年連続の農林水産大臣賞を受賞してるそうだ。そして脇山というとこは、栄西禅師が中国からもちかえった茶の実をはじめて植えた、日本茶の発祥地なのである。

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*Comment

鬼さん 

麻生氏は石屋ですか・・・あるかもしれませんね。

鬼といえば、数年前に夢に鬼が出てきたことがあります。

その夢の中で僕は幼児であり、他二人の子供たちと走り回って遊んでいました。
そこへ頭に二本の短い角が生えた病的な表情の背の高い西洋人的な人が現れました。

この人(鬼)は僕たちにいくつか鬼に関わるクイズを出しましたが、ボソボソと力なく話した為に何を言っていたのかよく分からず・・・しかし最後の問題だけはなぜか答えが分かって解答すると
『正解』

と言われました。そして
『友達がいないから友達になってほしい』

・・・と言われたのです。

この夢の話をある友人に伝えたところ、いくつかのキーワードが浮かんだとの事で教えてもらいました。
そしてこの鬼さんがどこかで僕を待っている、と言われました。


今年の8月に亀岡、綾部に行った際にふとあの鬼さんを思い出したのです。
友達になれたかどうかは定かではありませんが(笑)

なんとなく友人から頂いたいくつかのキーワードから、あの鬼さんは茨木童子に関係ありそうな気がしています。


継体天皇の名前が出てきましたね!
北陸を廻った際に調べ物中にしばしば名前が出てきたのですが、なんと今度行く河内でも継体天皇の名前が出てきたのです。
継体天皇は今密かに注目している方です。


日本武尊の母、播磨稲日大郎姫の御陵のある兵庫県の日岡神社には7月22日に参りました。

目の前に播磨稲日大郎姫がいらっしゃるような気がして去りがたいような思いがしました。

ここへ来る途中に思いがけなく神戸の湊川神社へ寄り道出来たのですが、一週間後の7月28日に神戸の都賀川で増水による災難がありました。

湊川神社と都賀川ではちょっと離れていますが『うーむ、神戸か・・・』と考えこんでしまいました・・・。

猿投神社は交通アクセスが悪いので、今のところスルーし続けています(笑)

景行天皇陵はだいぶ前に人と山の辺の道を歩いた時に近くを通り過ぎました。
その時同行人の一人が『ひでえ親父だ!』と叫んだのですが・・・景行天皇は生前の日本武尊を疎んだかもしれませんけど、後になって日本武尊の事跡巡りをされましたから深く愛しておられたとも思います。

ちなみに今度の河内行きのついでに景行天皇陵も加えてます。

源平の和合を願い、去年は武家源氏初代の六孫王経基を祀る六孫王神社、二代目多田満仲を祀る多田神社、武家の頭領河内源氏三代の墓所などを廻り、今年は壇ノ浦の赤間神宮で平家一門、安徳天皇の墓参りをしました。
その日はちょうど平家供養祭の日でした。

日本の中における対立する霊団がことごとく和合することを切に願います。
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.10/08 08:06分 
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製鉄と鬼 

古代の製鉄プロセスは相当に肉体を酷使するものだったのでしょう。とくに溶鉱炉を覗く時に高温で目をやられるのではと思います。伝来の技の持ち主である当人達もある程度覚悟のうえで片目を生業の犠牲にしたのでは・・想像ですが、倭国の一般先住民からすると(おそらく多くは渡来民の)製鉄技術者集団=隻眼、という何かおぞましい印象が一つ目小僧や鬼のイメージにいつしか集合したのかな、と。昨日ラストゲームを迎えた王監督からつい連想しましたけれど、“野球の鬼”など「何とかの鬼」という表現が人口に膾炙していて、これも何らかの犠牲を省みずその道に専心する者という含意でしょう・・もっとも鉄腕・稲尾さまは鬼ではなく神様と呼ばれましたが(笑) もしかすると日本でいう神・鬼の関係はジョージ・ルーカスのSTARWARSの世界観にあるような必ずしも二元対立ではない関係、つまり(鬼、暗黒、シス)←→(神、光明、ジェダイ)と、ひょんなことで一方から他方へ変転し互いの領域を行きつ戻りつしうる関係に近いのかな、と思いましたが、やや短絡的に過ぎるかもしれません(まだ不勉強ですから)。王監督はといえば、後世神々の座に列せられても不思議のないお方だと思います。
  • posted by spaspaboy 
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  • 2008.10/08 10:40分 
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ヤマトヲグナさま 

おどろきました。茨木童子ですか。
9月の地震についてまとめて書くつもりだったので、前回は猫多羅天女しか触れませんでしたが、弥彦山の付近は和納に酒呑童子誕生伝説があります。茨木童子には大坂の茨木とともに古志誕生伝説もありますよね。和納の伝説では、古志の茨木童子がたずねてコンビが結成されたようです。今回の伊吹山の前に、微震ですが弥彦(旧岩室村・石瀬村)で反応がつづきました。「いずれ元伊勢(大江山の方です)も動く」といったのは、伊吹山だけでなく酒呑童子の反応も出てるからなんです。

継体天皇については、すでに動いてると思われます。やはり重要な歴史の分岐点ですし、とくに福井の事象には多くからんでいると思います。ただ、楠正成もそうですが、ピンポイントの反応が見えないんです。もっと詳しい方なら見えるのかもしれないけど。たとえば大坂でも茨木で反応があれば、それは継体天皇や茨木童子につながるし、枚方で反応があれば、継体天皇の樟葉宮とアテルイに関係します。10/1は難波区でした、。中央区だったら難波宮でつなげられたかもしれません。福井県坂井郡とこうした場所で関連する事象が連続すればモロなんですけどね。
僕はある程度の信憑性を意識して、震源から3km以内を判断基準にしています。日常の生活半径というか・・・。でもそのフォーカスのおかげでかなり見落としがあるんじゃないかとも思っています。土地にはその土地の人やエネルギーの流れがあるし、自然も歴史のサイクルもはるかに大きいはずなんですよね。

景行天皇のようにあれだけ子どもがいても、ひとりひとりに愛情をそそげるものかどうか僕にはわかりません(笑)。でも日本武尊への愛はほんとうだったと思います。天孫システムは妻の部族、氏族が力を持ちます。そうしたタイプの母系社会です。天孫の妻でなくなったとたん脱落するわけです。そういった意味で、播磨稲日大郎姫と同時に大碓命が亡くなってるのはとても気になります。
ヤマトヲグナさんが景行天皇陵でも日岡神社とおなじ気持ちになれるかどうか、とても興味を感じます。

平家と源氏もそうですね。この国には神代から東と西の対立構造があります。その歴史の重さからいって、戦後米ソに東西分割されなかったのは、ほんとにラッキーだったと思います。
東西の和合を僕も切に祈ります。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/09 21:52分 
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茨木 

今日、ふと継体天皇陵も行程に加えようと閃いて所在地を調べたら・・・なんと!大阪府茨木市なのです!

継体天皇に茨木童子・・・行かねばなりませんね(笑)

酒呑童子と茨木童子は戸隠にも行っているとされてますね。

友人がくれたいくつかのキーワードの一つに『タヂカラオ』というものがありました。
その友人は真言宗の知識には明るいのですが、当時神道の知識はほとんどなかったのです(タヂカラオを知りませんでした)
今年になってあの夢解きの話をしましたら、当の本人は全く覚えていませんでした・・・(笑)

酒呑童子は退治されましたが渡辺綱に斬られた腕を取り返して逃げた茨木童子はその後どうなったのか・・・?

あの夢に現れた鬼には、疲れきったような無気力感と孤独感が漂っていました。

しかし、いやさかの木さんが日本全国様々な場所を網羅する情報量とその分析力には驚くばかりです!
生活半径として考えた半径三キロメートルと言っても、日本地図上から見たら本当にピンポイントですよね。

河内行きは摂津や大和も加えて壮大な計画に膨れ上がってきました。全部行けるかどうか(笑)
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.10/09 23:04分 
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spaspaboyさま 

製鉄と片目はむすびつくようですね。一種の職業病だと思います。
まさしく野球の鬼もそうですが、一芸に秀でた、あるいは特殊な技能や特徴、集団とは別の個の意志を貫こうとする行為、そういうものへの尊敬や羨望、そして真逆の感情をふくめた複雑な語意が「鬼」という一語にはこめられているように思います。

稲尾さまは仏様でもありました(笑)。そういえば西鉄も「鉄」ですね。
土地には土地のストーリーがあり、それは自然環境や資源と深くつながってます。人は資源に集まる生き物ですしね。古代の北部九州や熊本北部の場合、それは海の交易だし、石でした。江田船山古墳の王は石工で、そこの石棺は畿内でも重んじられました。磐井もすぐれた石の技術をもってます。それは現代もおなじで、麻生首相のとこは石炭王からセメント王です。磐井のころからちっとも変わってない(笑)。海についてはすでに起きているので、今回の筑紫事象は内陸の「石」の反応でしょう。そしてそうした土地のストーリーはとうぜん地震とも不可分ではないと僕は思ってるのですが。

スターウォーズの世界観はまさにそのとおりじゃないでしょうか。遺伝子の螺旋が離れたりくっついたりして見えるように、分離と統合はくりかえされるものだし、そのたびに鬼が神になったり、神が鬼になったりするんでしょうね。どっちにいくかはけっこう自分次第だったりして。あの世界観は世界神話のエキスを集めたものだと思います。

筑紫事象のわりにホークスは残念ながら最下位です。麻生さんに吸い取られちゃったかな(笑)。
ホークといえば、天日鷲と筑紫との関連が気になってるとこです。
僕も王監督は、野球の神様の名ににふさわしい方だと思いますね。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/10 00:05分 
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ヤマトヲグナさま 

いや~ぜひ全部回ってください。
継体天皇と茨木童子がいっしょに出てきたので、てっきり茨木つながりだと・・・。いやはやおそるべきシンクロですね。なにか伝えたがってるとしか思えませんね。時代はぜんぜんちがうけど、継体天皇と茨木童子との間には、表に出ない物語の流れがあるのかもしれません。そういえば孫の茨城皇子も伊勢斎宮を犯したワルに描かれてます。ん~、なんなんだろこの茨木つながりは・・・。

タヂカラヲについては、いまのとこ富士五湖にフォーカスを絞っています。
ダイダラボッチ伝説、大地巨人伝説は中国の盤古にもつながるので、四川省地震の揺り返しが気になるトコです。余談ですが、そういった意味でも巨人が日本一になるのは事象的にちと困るなと(笑)。東海のハラ監督だし・・・。
タヂカラヲは富士高天原エネルギーのバロメーターって感じでしょうか。
戸隠とも岩戸でつながりますね。
戸隠の神は最後の浄化じゃないかと見ています。どんな鬼も大蛇も昇華しちゃう偉大な神なので。
しかしタヂカラヲを知らずに名まえが出てくる友人さんもまたスゴいですね(笑)。

ピンポイントをわかっていただいて嬉しいです。
まったくおなじ時間や場所じゃないと納得できない傾向がありますが、地震の長いスパン、地殻全体からすると、数キロや数週間なんて何ミクロンの差なんですよね。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/10 23:02分 
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河内 摂津 大和 

三連休で河内、摂津、大和を廻って来ました。

初日は源義経ゆかりの逆櫓の松、継体天皇陵、大鳥大社、楯原神社、石切剣箭神社、樟葉宮跡、翌日は磐船神社、往馬坐伊古麻都比古神社、纏向日代宮跡、景行天皇陵、穴師坐兵主神社を廻りました。

そして本日は石上神宮、橿原神宮、神武天皇陵、神功皇后陵を廻りました。


景行天皇陵の感想ですが・・・ただただ偉大と感じて大足彦忍代別天皇を称えていました。
纏向日代宮跡にあった看板に、景行天皇は真の歴史と天成の道(正しい政治と宗教)を遺すべし、という日本武尊の遺言に従って五七調のホツマツタエを大田田根子に編纂させたと書かれていました。
本当かどうか分かりませんが、景行天皇は日本武尊の征伐したゆかりの地を見て回られましたから、遺言に従うような事もあったのかもしれません。

息子の足仲彦は神意に逆らった為に亡くなったとされてますが、神功皇后の後に皇族にちょっとした変化があったのではないかと推測しています。
また、神功皇后つながりで応神天皇五世孫とされる継体天皇は思いがけなく皇位に就きましたが、この時もまた皇族に変化があった時ではないかと推測しています。

この変化はある意味天孫降臨にも匹敵するものだったのではないかと考えております。

磐船神社の御神体、天磐船大岩を撮影したいと思って参拝するも、あまりにも厳めしい雰囲気に撮影することが出来ませんでした。
天磐船もまた天孫降臨関係ですね。

往馬坐伊古麻都比古神社は、天皇が即位して初めて執り行われる大嘗祭の際に使用する聖火を起こす為の火きり木を司る古社で、12日は年に一度の火祭りの日でした。

このように廻って・・・予定外ですが初代神武天皇の元へお参りしなければと本日急遽お参りしました。

神功皇后事象も多いことですから当然行くべきだ、と神功皇后陵にも参りました。


そして京都から在来線でゆっくり帰ろうと思ったら・・・神戸で人身事故があり、その影響で東海道線などもダイヤ乱れまくりでした。
やむなく今は新幹線で帰路についています。

神戸となると神功皇后事象?あまりにも早すぎる反応です。

今回は更に余裕があれば聖徳太子関係も廻ろうと目論んでましたが、それはさすがに無理でした(笑)
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.10/13 13:17分 
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ヤマトヲグナさま 

うほっ、巡りましたね~!

景行天皇陵では、ただただ偉大さを感じたとのこと。なるほどって感じですね。あの大王はやっぱただもんじゃないですね。
ホツマツタヱを伝える案内板は驚きです。いったい誰がたてたんだろう。偽書だと思ってない方もけっこういらっしゃるんですね。もちろん僕もそのひとり・・・というか、偽書だろうがなんだろうが研究書には変わりないんです。古事記だって偽書説ありますしね。僕は「上記」なども記紀と同列にあつかっています。節操がないといわれますが・・・。
ホツマツタヱは神代までをクシミカタマ、神武~日本武尊をオオタタネコが編纂したことになっています。日本武尊の霊がスサノヲの生まれ変わりだと告白してるのはこの文献だけだと思います。

応神と継体天皇には同じ転換があった気がします。ともに海人族がからみます。天孫降臨もそうですが、船がからむんですよね。磐井の反乱もその系列でおきた反応だと思います。
皇后陵公開も、今年の大事な事象のひとつでした。

帰路の途中でコメントくださったんですね。ありがとうございます。磐船神社の厳しさや偶然の火祭り、神武陵、神戸の事故・・・落ちついてから順序だててふりかえると、「あっ!」と気がつくことがありそうですね。
ほんとにたまにですが、なんであの神社であんな感覚になったんだろうと気になってて、その前にお参りしたのが敵方の神社だったとあとでわかったことがあります(笑)。

それにしても濃い旅ですねぇ。今後動きありそうなとこがてんこもりです。おつかれさまでした!
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/14 02:52分 
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神戸の事故 

昨日帰ってから神戸の人身事故を調べたら・・・驚愕しました。

二件ともJR神戸線で、時間もかなり近接しています。

一件目は午前11時20分頃JR塚本駅でホームの男性が快速列車に衝突。
二件目は午前11時33分頃JR新長田駅で男性が線路上に落ち、快速列車にはねられた。

・・・というものでした。
JR塚本駅近くには鼻川神社があります。この神社には神功皇后が立ち寄って地元民から柏の葉を巻いた餅を献上された話が残っています。

また、JR新長田駅近くには神功皇后が事代主神を祀った長田神社があります。

こうなると否定しがたい神功皇后事象です。


僕が神社参りすると、ゆかりのある地で事件事故などがあるので、ひょっとしたら自分は災難を蒔いているのか?と考えこんだことがあります。

しかし、秋葉原の事件の後ある方から『あの時秋葉山に行かなかったら、江戸の大火のようなもっと大きな事件があったかもしれませんよ。』

と言われました。いやさかの木さんも秋葉原での火災を予感してらしてましたね。


ホツマツタエはかなり昔に三千円くらいする本を買いました。
しかしその当時は神社や日本の神様にほとんど興味がなく、途中で飽きて古本屋に売ってしまったのです。
今考えるとかなり勿体ないことをしてしまいました・・・。

ホツマツタエが景行天皇のところまでで終わっているのは偽書と云われるにしては不自然なことですよね。

偽書とされる古文書にも真実は隠されているかもしれませんよね。

記紀にしても全て正しいわけではないでしょうし。


ふと旅を振り返ったら、茨木童子のことはすっかり忘れてました・・・。
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.10/14 07:30分 
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ヤマトヲグナさま 

あれ?っと思ってたんですが、忘れてたんですね。思わず笑ってしまいました。それもそのはず。鬼さんたち、どうやらいま千葉に来てるようなんです(笑)。今日のお昼ごろ、震度4のゆれ。緯度の正確な発表はまだですが、まずまちがいなくあやかしラインです。

長田神社は生田神社とともに神功皇后が凱旋祭祀をおこなったとこですね。そういえば長田神社は赤エイが神の化身です。去年家族で宮地嶽神社(皇后の出航地)に行った際、浜で泳ぐはずだったんですが、新宮一帯が遊泳禁止。数百匹のエイやサメの群れが現れたんです。古事記の神功皇后の出航記事を彷彿とさせます。2日前には壱岐にいったんですが、その満月の日に出現したようです。しかも4月に宮地嶽神社(神功皇后)と香椎宮(仲哀天皇)をつなぐ宮地線が廃止になっていた。どう考えてもタイミングがよすぎます。エイやワニ(サメ)と皇后との関係を家族に説明したんですが、もちろんだれも聞く耳をもたず・・・(笑)。
お知り合いの方も秋葉原の火災の可能性を指摘されたんですね。ヤマトヲグナさんを理解し、助言を下さる方がまわりにおられてうらやましいです。

残念ながらいまの学問は否定からはじまります。ベースとなる科学がそうだからです。僕は科学は好きですが、それだけが唯一納得できない点なんです。否定は簡単だけど、そこからは何もうまれませんよね。偽書というだけで排除するのは、無限の可能性を捨てることだと思っています。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/14 22:25分 
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神話的 

エイやサメ数百匹の群れとは・・・神話的ですね!

敦賀で武内宿禰が鼻を怪我したイルカの群れに遭遇した話と同じくらい神秘的な出来事です!

神話というと、現代では何かの比喩、暗示、創作と捉えられるものですが、僕は子供がお伽話を信じるがごとく、そのまま受け入れているのです。

日本武尊の伝説も記紀で記述が異なる場合がありますが、どちらかを疑うということはせず、伝承地はどちらとも行くスタンスです。

そういう柔軟性からか、不思議と思いがけなく日本武尊の地方伝承地に導かれることもあります。

今年2月22日、古くからの親友に誘われて草津温泉に行ったのですが、草津は日本武尊開湯伝説があるのでいつか行こうと考えていたので思いがけなく行くことができました。

また、9月6日に群馬県沼田市の迦葉山へ行きました。
(日本武尊関係で行ったわけではありません)
その二週間後の9月20日にはまた親友の誘いで群馬県の四万温泉へはとバスツアーで出掛けたのですが、バスは日本武尊が弟橘姫の遺髪を流したという神流川、『吾妻はや』で有名な吾妻川、真田町、沼田市・・・と日本武尊の行軍路を通ったのです。

沼田は日本武尊が当時沼地だったこの辺りを干拓して出来たとされているという地方伝承を後になって知りました。

この前日の夜、関東地方に台風が接近しており、房総半島の君津には大雨洪水警報が出ていた覚えがあります。
しかし翌日の群馬県は快晴でした。

四万温泉には誘われなかったら行くことがありませんでしたから、親友には重ね重ね感謝してしまいました(笑)
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.10/15 07:25分 
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ヤマトヲグナさま 

柔軟さはとても大事ですよね。
沼田にも行かれてたとは、まさに導きでしょうか。
ご存知のとおり、あそこには武尊山があります。武尊とかいて「ほたか」と読むのもおもしろいですし、となりの月夜野という地名も気になっています。
子持山周辺には日本武尊伝説が多く、あのあたりで日本武尊が大規模な土木事業をおこなったのはまちがいないと思います。毛野国は豊城入彦の孫が治めていたはずで、遠征軍にも当然加わっていたと思われます。のちに筑紫・吉備とともに並び称された大国ですね。
以前ブログで紹介した鹿島・柏崎・富士のトライアングルですが、鹿島と富士浅間をむすぶ底辺に柏崎(多々神社)から垂線をおろすと、中心がだいたい赤城山麓あたりになるんです。そういう場所で彼は土木事業をおこなっている・・・。当然関連を考えずにはいられません。そういう意味で、僕は武尊トライアングルって読んでるんです。
神流川は御巣鷹山が水源だったかと思います。ミロクラインの山です。過去に悲しい事故もありました。そこから流れる川に神という名がついてるのは気になってたけど、乙橘姫の髪を流したとは知りませんでした。
さすが鳩。八と十の鳥。ハトバスツアーもあなどれません。ヤマトヲグナさんは鳥に導かれてるのかもしれませんね。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/16 20:33分 
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大国 

去年、古代の大国を注目したことがあったのです。

越国、毛国、吉備国、筑紫国などなど・・・この中で越の国だけは行ったことがなかったのです。

古代の越の国といえば翡翠の一大生産地ですが、僕の友人で翡翠好きな越の国出身の方がおります。

僕も翡翠好きなんですが、この方から影響受けたようなものです。
糸魚川では糸魚川産本翡翠の大珠を入手しました。
その二年ほど前にミャンマー産本翡翠の古代風勾玉を入手しました。
僕は勾玉は翡翠製で、尾の部分が太く丸みを帯びていないとダメ出しです(笑)

丸く彫るのは技術がいるそうで、大抵は途中で割れてしまうために現代勾玉の多くは尾の部分が先細りしているのだそうです。

今では聖地参拝に必ずその翡翠の勾玉と大珠を身につけて行きます。


僕は自宅で五柱の神様をお祀りしているのですが、そのうちの一柱に鹿島大明神もいらっしゃいます。

疲れた時に鹿島神宮へお参りするとなぜかパワーが漲り、帰りには体が軽くなって走り出してしまうほどなのです!
僕の場合だけかもしれませんが(笑)

鹿島トライアングルも9月上旬に廻りました。

柏崎の多々神社は知りませんでした。
教えて戴きありがとうございます!


今度越前国二宮剣神社にリベンジする際に多々神社にも必ずお参りします。


僕は子供の頃、コザクラインコ、ジュウシマツ、セキセイインコ、オカメインコなどの鳥を飼っていました。
その他の動物は飼ったことがないんです。

夢にも鳥が現れることがあります。

例えば・・・赤、青、白のトリコロールカラーのカナリアが出てくる夢を観た日、外を散歩しながら友人にその夢の話をメールしていました。

すると僕の脇をちょうど赤、青、白の三色カラーの営業車が通りました。
その営業車には【三徳】と書かれていました。

【三徳】とは何ぞや?と考えてしまいました。
(そのこともリアルタイムにメールしました(笑))

他にも鳥の夢はたくさん観ていますが、機会がありましたら書きますね!
  • posted by ヤマトヲグナ 
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  • 2008.10/16 21:55分 
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ヤマトヲグナさま 

去年1月に白馬の夢を見たんです。なんともやさしい目をした馬でした。もしかしたら白馬岳とか、そういうメッセージだったのかもしれませが、てっきり競馬だと思って・・・。ほんと俗物です(苦笑)。

糸魚川産本翡翠の大珠って、すごくないですか?
越の翡翠のシェアは海外にひろがっていたようですね。
勾玉には宇宙観がこめられている感じがします。

古代の天皇家の占いは、夢占ですよね。
夢見にも技法があるそうです。
夢の中で意識して動くのがコツなんだそうですが・・・。
  • posted by いやさかの木 
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  • 2008.10/17 21:35分 
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夢見 

『白馬の夢』とは縁起が良さそうですね!

東山魁夷の絵を連想します。

白馬岳はだいぶ昔に山慣れた後輩に誘われて登ったことがありますが、山頂付近で『酸素が薄い・・・。』と息も絶え絶えになって後輩に笑われました(笑)

夢見の技法ですか?
怖い夢を見た時はだいたい途中で『あれ?これは夢だよな。』と気がついて危機を脱出することがよくあります。

良い夢でも途中で夢と気づいて目を覚ましてしまうことがあるのが残念ですが(笑)
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.10/18 15:16分 
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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
なり調わずと
いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
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