神々が動いている

日々のニュースが、地震や気象が、古代神話とシンクロをはじめた! まるで時空を超えた天地人のコラボレーション。 母なる地球は、そして神々はいま何を伝えようとしているのか? リアルタイムでチェックするメモ日記です。

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雲・cloud computing


☆7/27北陸・中部・関東雷雨
7/27

7月27日に、北陸、中部、関東を強烈な雷雨がおそった。東京電力サイトの落雷情報の地図が、福島から関東北部、そして中部までまっ赤に染まるほどの強烈さだった。最後に雷たちはいっせいに鹿島に集結! まるで鹿島神宮大空襲の様相だった。
上の画像はそのときの雲だ。当時のブログ「雷雲・くまひと?」にも書いたけど、僕には熊の足跡に見える。もちろん熊というのは主観にすぎない。足の指の数とか、全体のカタチとか、ほかの何かに見える人だっているだろう。ただおもしろいのは、この雲の最初の発生源が長崎県の五島列島沖だってとこだ。
7/25に、宮崎陰陽石地震(M2.9)に呼応したM3.1の地震が五島列島沖で起きている。小さな反応だが、地震の大きさと事象的重要性はかならずしも一致しない。翌26日夕方、長崎空港で離陸に失敗した小型機が大村湾に墜落。その夜、27日の午前0時すぎに雲の種が生まれている。
(気象庁の衛星画像で24時間の雲の流れを動画で見れるので、気になるときはチェックしていただくのもいいかもしれない)
長崎というとこは、古代史では肥人にゆかりが深い。肥人と書いて一般に「こまひと」と読む。「くまひと」の訛化である。とくに五島列島はその根拠地とも考えられている島。風貌が隼人に似ていたというこの海人族をぬきにしては、水田稲作の伝来も語れない。
そのクマヒトの海に発生した雲が,本土で熊の足のかたちになった。まるで列島のまん中をベシッとふんづけたかのように。

「クマ」という言葉には、ある種の卑しさがつきまとう。目にクマができるというように、それは日陰、暗部、奥地であり、ケガレだ。紀伊半島の聖地・熊野にも「クマ」という字がつく。いわれは他にもあるだろうけど、母なるイザナミが自らと世のすべてのクマ、ケガレを背負ってこもった、クマノ宮からついたとする伝承を、僕はとる。イザナミはそこでカグツチの炎に焼かれた。数々の事象を起こすカグツチは、世のクマのあらわれでもあるんだろう。

この夏の八雲立つ出雲事象・・・未曾有のゲリラ豪雨。出雲は、この国の母なるもの、神、人、歴史のクマが、根の国の名とともに隠され、封じられた場所。出雲国一宮・熊野大社。日本火出初之社(ひのもとひでぞめのやしろ)。クマの足跡は、出雲のイザナミの足跡でもある。
翌7/28、こんどはその出雲と隠岐から生まれた雲が、北陸・近畿に豪雨をもたらす。被害を出した都賀川は、忍「熊」皇子と香坂皇子にゆかりの川でもある。神功皇后・武内宿禰の命で、皇子らを討ったのが難波根子武振熊。これも熊だ・・・。

出雲といえば、「雲」には、ものを隠す・手が届かない・あちら側という意味合いがある。これは世界共通。
2006年にGoogleのエリック・シュミットがクラウド(雲)コンピューティングのパラダイムを示す。ちなみにシュミットは鍛冶師、職人の意味。出たよ鍛冶師~。石屋に鍛冶屋・・・。
インターネットはそもそも、司令部が破壊されてもダメージを受けないよう、どの基地も司令部になりうるシステムとしてはじまったと聞く。雲コンピューティングはそれを逆行するもので、情報処理・管理システムはすべて「雲」におまかせ、データを送信するだけで一元的に管理してくれるらしい。極論すれば、とりあえず生理現象以外は「雲」におまかせしてれば、仕事も人生もうまくいくのである。だが僕には、どうもマトリックスやターミネーターみたいな未来像しか思い浮かばないのだが。

聖書では、神は言葉であるという。神という存在自体がレトリックの要素をふくんでいる。事象を追うようになって、それを実感している。神はだじゃれが好きだ。「熊」や「雲」のようなワードのシンクロが、人名、地名でほんとに起きている。
だとしたら、出雲とクラウドコンピューティングがつながる可能性は大いにある。
日本神話で「出雲」として表現される母なるマトリックスが、ネットの「雲」を母体に選んだのだとしたら、その事象を追いつづけるのはむずかしい。文字どおり雲のむこうの話だ。
母なるもの・イザナミは「雲」となって父なる世界をおおうつもりなのか。
だがこのタイプの和合は、LHCのような衝突をおこしそうな気がする。近い将来、僕らが目にするLHCの実験もまた、僕らに示される和合のひとつのパターン。世界のいたるところで、和合のヒナ型が見え隠れしている。

2013年に完成する和合は、あくまで「型」、あらたなる神話。それを地上に実現していくのは人類だし、文明だ。まだまだ長い紆余曲折がありそうだけど、文明は和合を手にするはず。おそらく一元的「雲」とは、べつのカタチで・・・。

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*Comment

神の遊び 

『雲』と『熊』、響きもよく似てますよね。

神様は言葉遊びが巧みですね!
僕もよく経験しますが・・・足立区の花畑大鷲神社へ行った時のことです。
神社では天然記念物の鶏を飼っているようなので檻の中を見てみました。
すると中に鶏はおらず、どうみても中にいるのは『雉』じゃないか・・・(笑)
なんで雉がいるのか?としばらく観察していたのですが、『雉』の文字に草冠を足すと『薙』。更に『草を加える(草加?)』と『草薙』!!

ちなみにこの花畑大鷲神社の最寄りバス停は『草加総合体育館前』で、となりは草加市です。
神様は言葉遊びが巧みです(笑)

クラウドコンピューティングシステム・・・確かに一元化はターミネーターの世界観に繋がりそうな懸念はありますね。

インターネットはかつては世に知られることのなかった光も闇も色々と顕在化させている非常に画期的なシステムだと思います。
世の中の大和合にも一役買うのではないかと僕は予感します。
  • posted by ヤマトヲグナ 
  • URL 
  • 2008.10/19 09:20分 
  • [編集]

ヤマトヲグナさま 

いまの境界線は経済面が重視されtるようなので、花畑大鷲神社は本来は草加市の方に縁があるのかもしれませんね。
草冠に雉で薙・・・一見こじつけともとれますが、ほんとに事象はそんなあらわれ方をするんですよね。ほとんどオヤジギャグのノリです(笑)。

インターネットのパラダイムは個々の一元化にあると思うんです。従来の力の集中ではなく、拡散による一元化。そのためには、ひとりひとりのある種の目覚めが必要なのかもしれませんね。
  • posted by いやさかの木 
  • URL 
  • 2008.10/21 00:17分 
  • [編集]

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天照大神の宣りたまわく
人は天が下のみたま物なり
すべからく
天が下静かにして
平らかならむと
つとむるべし
心はすなわち神明の源たり
あが魂を
傷ましむることなかれ
このゆえに
目にもろもろの
不浄を見て
心にもろもろの
不浄を見ず
耳にもろもろの
不浄を聞きて
心にもろもろの
不浄を聞かず
鼻にもろもろの
不浄をかぎて
心ににもろもろの
不浄をかがず
口にもろもろの
不浄をいいて
心にもろもろの
不浄をいわず
身にもろもろの
不浄をふれて
心にもろもろの
不浄をふれず
心にもろもろの
不浄を思いて
なかごにもろもろの
不浄を思わず
このときに
清く潔きことあり
もろもろの宣りは
かげとかたちとのごとし
清く潔ければ
仮にも穢るることなし
ことをとらば
得べからず
みな花よりぞ
木の実とはなる
あが身はすなわち
六ツの根清らかなり
六ツの根
清らかなるがゆえに
身も内もすこやかなり
身も内も
すこやかなるがゆえに
あめつちの神と同根なり
あめつちの神と
同根なるがゆえに
よろずの御霊と同体なり
よろずの御霊と
同体なるがゆえに
あが願うところのこと
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いうことなし

きわめてきたなきも
たまりなければ
きたなきものはあらじ
うちとの玉垣
きよくきよしと申す

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